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「第一回隅田川フォークフェスティバル」が終了しました。
今、6月18日(日)、梅雨の季節(雨が降っている)から
思えば、夢のような快晴の気候で、後世,語り続がれるだろう
歴史的な「第一回隅田川フォークフェスフェステバル」が
無事終了しました。個人的には一冊の本ができる程の広がり、
会った人々、感想等があり、何日もかけてレポートしたい。
時にこのGUSUT BOOK と雑記のページを見て下さい。
「両国の花火大会」のように、花火があがるように、様々な
Banjoも聴けた(「一ツ目ギャラリー」に於いて)。
まず、「一ツ目ギャラリー」で2:30pm〜より行われた、
「フォークミュージック・ラジオ・ショー」、のリスト。
1.Furusato(ふるさと)by Pete Seeger
from Folkways Records FA 2454
The Rainbow Quest sung
PETE SEEGER 発売年日 1960年
これはピート・シーガーが日本語で歌う「原爆ゆるすまじ」。
2.Buckets of Rain by Dave Van
Ronk from Smithsonian Folkways
SFW 40156
Dave Van Ronk And the tin
pan blended And the story ended
制作年度 2004
デイブ・ヴァン・ロンクがボブ・ディランの唄を歌う。
3、A North American Raga by
Robbie Basho
From Robbie Basho/ Bashovia
Takoma Records TAKCD 8913−2
制作年度 2001
バクレーにあるJazz レーベル Fantacy
より再発されたタコマレコードの松尾芭蕉の愛好家であった
故ロビーバショウの一曲。西洋人に俳句ブームが存在する。
4、Follw That Road byTom Paxton
FROM Tom Paxton/Anne Hills/
Under American Skies Appleseed
Records 制作年度 2001
トム・パクストンとアニーヒルズが歌う「季節と自然」の詩。
「フォーク・ミュージック・ラジオ・ショー」の行われた「一ツ目ギャラリー」
は満員。ささやかにさーと聴くつもりでいたのですが。奥のトイレの近くにも
立つていた人達をいたのを今、想い出す。
(コメント) 一曲目のピートシーガーの曲、テープのためアクシデントで
「ゆるすまじ原爆を」のところだけ、放送された。
いずれ完全版をながす(全部、日本語で歌うピート・シーガー)。
この歌は日本において、日本人のだれにでも一度は
聞いてもらいたい。
この隅田川周辺でも多くの人々が亡くなっている。
戦後のヒット曲「リンゴの唄」の並木路子さんの家族も戦争中、
新大橋〜清洲橋の間の隅田川に飛び込んだ、と本で
読んだことがある。並木路子さん(故人)もこの辺に住んでいた
のでしょう。
2,3,4、はCDを使用。
2,3の米盤CDに両国フォークロアセンター/Tokyo
Folklore Centerのクレジットがある。
デイブ・ヴァン・ロンクもトム・パスストンも
両国フォークロアセンターへ(日本初公演を企画/招聘)。
ニューヨークはグリニッチ・ビレッジのフォーク界
の創始者たち。
アニーヒルズはシカゴ生まれ、現「SING OUT
MAGAZINE」誌(フォークソングの専門誌) 編集長の
奥さんでBob Gibson(故人)、Tom Paxton、
と3人で「Best of Folk」というトリオを組んでいた
時期もある。
3、ロビーバショウ(故人)を聞くと、西海岸〜下町(この周辺)〜
東南アジア(インド)を想う。彼は日本に来たかった。芭蕉庵や
東北地方を訪ねて旅をしたでしょう。
今(6/28)夜8時半、忙しくで新聞を見てなく、朝日新聞(朝刊)
の6/27(土)入っている「Be On Saturday」
うたの旅人 を観ると「アマチュアの音楽革命」として 加藤和彦に
関する興味ある記事が載ってる。そして円山公園音楽堂で関西フォーク
の古顔である豊田勇造のコンサートが6月開かれた、と大きな写真が。
大田三造氏よりメール(2009年6月28日 夜)
こんばんは、昨日は有難うございました。お疲れ様でした。スタッフも観客も出演者も各々が其々に調和して素晴らしいフェスティバルになりましたね。その質に於いてはクリアーウォーターフェスティバルに優るとも劣らない内容だったと思います。ピートシーガーが言うように、日本から新しい何かが始まるのですね。 個人的には素晴らしい皆さんに囲まれて至福の一日となりました。国崎さんの築いてきた人脈とフェスティバルを大成功へと導いた情熱に深く感謝いたします。マスダさんへの労いの言葉にも泣けてきました。何もかもが良かったです。有難うございました。
ハニーバイキングに前回のワンマン・ライブの際、色紙を書いて貰うのを
忘れ、今回頼む。写真付ですてきなものが、できた。ありがとうございます。
(追加/6月28日 朝9:30AM)
ハニーバイキングよりメールが届く。
国崎さん
土曜日はおつかれさま、ありがとうございました。
天気にも恵まれ、お客様や流れにも恵まれ、
本当に素晴らしいイベントになったと思います。
たくさんの人たちと繋がれる、みなさん全く垣根がない。
こちらとご縁ができて、幸せだなぁ、と思っています。
これからも両国や他の地でみなさんと関わって、
楽しく音楽をやっていけたらと思います。
センターにもまた遊びに行きますね。
遅くなりましたが、本当にどうもありがとうございました。
〓ユカコ〓
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ここで縁の話を。
加瀬 浩正 (オールドタイム・バンジョー)ーUncle Gryphonの
関係で来た人たち。
石川修次(明治大学付属中野中学校の先生/国学院大学卒 バンジョー)
石浦誠二(「ハピーエンド」の前マネジャー石浦氏のお兄さん。オールドタイム
ミュージックの愛好家)
佐藤くん(バンジョー)
古屋克己( 日本大学医学部付属板橋病院 オートハープ)
石川くんとは40年以上の友人。遠くは有楽町ビデオホールでのイベントで
協力してくれた。多くの思い出がある。品川にある石川くんの実家に行った
こともある、明大中野の教員室の彼の椅子に座ったこと、震災祈念堂(両国)
で二人で写真(楽器を持って)を撮ったり、私の結婚式の司会を深川富岡
八幡宮(1985年)、「両国フォークロアセンター25周年記念コンサート」
に出演、「一ツ目ギャラリー」でも皆の前でうまいバンジョーを弾いて
くれた。今回、初めて聞いた、高橋竹山と棟方志功の話、石川くんが竹山
の自宅を訪問したとき、二代目高橋竹山が18歳で居たこと、彼女が葛飾区の
すし屋の娘だということ等。「一ツ目ギャラリー」でも皆の前でうまいバンジョー
を弾いていた。
注)この辺のことは「雑記」欄に書きたい。
石浦誠二氏は1970年代にここで一度お会いして以来だから、二回目。
日本橋三越デパートに勤めていると聞いた記憶は良く覚えている。今回
New Lost City Rambersの歌集を持参。
マイク・シーガーのサインがある。1970年? 日暮氏のブルース
レコードコンサートの話がでた。日暮氏(慶応大学卒)のブログを3月
頃か見つけ感激してた。そのブログは
http://www.sogotosho.daimokuroku.com/?index=kokou&date=20090213
懐かしい。日暮氏のことは、また書きたい。石浦氏とは改めて話したい。
石浦氏は現在、恵比寿でマンション暮らし、(昔から?)。
(続く) 上記へ
国崎 清秀 Kiyohide Kunizaki
At Tokyo Folklore Center 2009
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