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昔、1950年代、新大橋と両国橋間で「両国花火大会」
(両国の川開き)が開催されていたこと、は以前に書いた。
「両国フォークロアセンター」と「一ツ目ギャラリー」のある、
この場所の物干しで花火が見れた。親戚の人もビールや酒を
枝豆だったか食べたり、飲んだりして花火見物を楽しんだものだった。
蕎麦やだったから「もりそば」や「ざるそば」でも物干しで食べて
いたかもしれない。懐かしい。くどいようだが新大橋と両国橋
間であった。
千歳の渡し−(本所千歳町〜浜町)(注 1)があった頃を思いながら、
書く。矢切の渡しのように、のんびりしていたのであろう。
(注1)芥川龍之介の作品「大川の水」(1912・1)、の最後に
こう書いてある。(其後、「一の橋の渡し」の絶えたことをきいた。
「御蔵橋の渡し」の廃れるのも間があるまい。」と。
「隅田川花火大会」が始まった1978年(昭和53年)、そういえば「両国
フォークロアセンター」はその日「OPEN」していて、花火大会終了後、
7〜8人だったか人が来て、レコード(フォークかロック)を聴いたりして
過ごした記憶がある。それからは銀座で遠くで音だけ聞いたり、御茶の水
の聖橋の上から見たりした時もあるが、この花火大会は屋形船(一人
3万円以上)で観るかーまだ乗ったことがない、向島のつつみ道り(こ
の辺はのんびりしていていい(鳩の町あたり)、)最近は両国橋近くに
いいスポットがあるので散歩(人形町ー横山町)ついでに30分ぐらい
見ている。
今年は「第一回隅田川フォークフェスティバル」を開催したことだし、
「OPEN HOUSE」にすれば良かったのにと、後で思いました。来年
あたりはここを「OPEN HOUSE」として開放したい。
さて、「隅田川フォークフェスティバル」関係のこと、まだ続きますよ。
国崎清秀
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