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お久しぶりです

 投稿者:ねざくら  投稿日:2017年 1月10日(火)04時07分52秒
  3394

辺境掲示板へようこそ。
一年以上放置していて申し訳ありません。
別所で日記を書いていたのですが保存していたパソコンが壊れ、
データの取り出しでごたごたしていました。
抜けている部分が出てくるかと思いますがぼちぼちアップします。
いつも応援してくださり感謝しています。
みなさんよいお年を。
 
 

2016年9月4

 投稿者:ねざくら  投稿日:2017年 1月10日(火)04時03分56秒
  9月26日(土)

昨日から滝汗で水分を摂っているのに全身汗が止まらない。旧パソ復活?
整形で注射しているのでお風呂に入れず、身体中から汗が噴き出すようだった。
お茶を大量に飲んだのにオシッコが出ない。汗ばかりだらだら出る。しんどい。
熱に浮かされたようになりながら何となくアニカフェのツイッターを観てしまった。
画像がたくさんあるので保存していると黄瀬君のプレート写真があった。
私は毎回ドリンクのみの注文でフード類は食べなかった。
丼とかピザとかあったがあまり美味しそうに見えなかったので…。
すっかり見落としていた黄瀬君のデザートが美味しそうで脳でカチッときた。
最近強迫症状が出る時、カチッとスイッチが入る。食べてみたい…。
そう思うと頭がそれだけでいっぱいになっておかしいと自覚するが止められない。
土日は予約制なので月火か、キャンセルもあるので今日行こうか。
ぐるぐるし始めるとアタマおかしくなってるなと思う。
なかなか寝付けず昼過ぎには兄が来るのでまた気になって眠れず。
強迫発作を数回起こし安定剤を飲み、夕方前に起きると兄がいた。
私の説明は意味不明なので直接見せろと言うので旧パソを見せる。
多くの質問をされ答えるがすぐに「もういい!」「うるさい!」と遮られる。
途中夕飯の時間になったので作業は一時中断し親と兄は夕食。
私は溜まりに溜まった手紙類の整理をしていた。
無職になってから友達から手紙類は来ないし急ぎの物もない。
なのである程度溜まったら片付けていたが溜まりすぎ…。
兄は私と同じところで同じことでつまづいていた。
「それやってみたけど駄目だったよ」「うるさい!」「………」。
結局リカバリすることになった。データをHDDに入れリカバリ開始。
その後ネットに繋ぐのは兄がいたので割と早くできた。
しかしやはりサイトのリンク先の画面が表示されない。
ダウンロードできるものは全てダウンロードし何時間もかかった。
それでもまだサイトが開かない。IE9にアップデートできない。
結局兄持参の小さいノートパソコンからIE9のデータをUSBに入れ、
それを旧パソコンにダウンロードさせて何とかなった。すごい。
ところが動画サイトがまだ観れない。
「どういう風に画面が表示されるのかわからない」とキレる兄。
私のタブレットで「こういう画面になるんだけど」と言うと、
またブチキレ始める。観たいと言ったから出したのに。
FLASHあたりが足りないのではと思っていたが黙っていた。
兄がFLASHをダウンロードしたら表示されるようになった。
日付が変わろうとしていた。毒を吐きつつ兄は帰って行った。
一応サイトは観れるようになったのか。まだ試していないが。
まあおよそ8時間一緒にいたが罵詈雑言で疲れきった。
完全な八つ当たりというか逆ギレというか…。
私は睡眠不足と頭痛と滝汗でぐったりしていた。
リカバリの頃から久々に薬の整理を始めた。
今日はよく物を片付けた。
ふと思ったのだがアニカフェに行ったとしてもまた気になることが
出てくるのではないだろうか?と。
毎回何かが気になって4回も行くことになった。
ならここでキリをつけたほうがいいのではないだろうか。
ものすごく美味しそうというわけでもないし。
今グーグルブラウザをダウンロードしたが手続きが大変だった。
こんなに手続きしただろうか。サイトも自動でアドレス出るし。
ガジェットは出せなくなったし。前と随分画面が変わった。
これから例のソフトを入れるのだが不安だらけだ。
お正月でもないのに兄が夕飯まで家にいたので親は喜んだ。
父のおかしい部分に長時間接しただろうが兄は関与せず。
徹底的に無視の方向でいくのだと思った。
しかしパソコンの画面がいろいろ仕様が変わり不便になった。
毎日疲れることばかりだ。
すっかり失念していたが汗でミネラルが流れたと思うので、
OS-1を飲んだら少しマシになったように思う。
ゆっくり休みたい。限界だ、と毎日思う。
ソフトは無事入った?ようだが不安が残る…。
大丈夫なんだろうか。


9月27日(日)

朝まで頭痛でうなりながら旧パソコンにソフトをインストールしていた。
両親はそれぞれ朝7時からと8時からの一時間を町内清掃に出かける。
その隣の部屋で旧パソコンを一晩中いじっていた。
金づちでアタマをガンガン殴られるような頭痛と熱。
インストールに2時間半もかかり父は7時からの清掃に出かけた。
母はまだ起きているのかと呆れながら朝食を食べていた。
母も出かける頃ようやく終了?したので部屋に戻った。
他にもすることは山ほどあるが完全にダウンした。
クスリを飲んで爆睡。昼頃意識朦朧と起きてゲーム。
眠すぎて画面が揺れる。その後台所で母と会ったがすぐ寝た。
このゲームも強迫症状の一つで実は困っている。
時間に縛られるのだ。何時にこれをする、というように。
いやしなくてもいいのだが早くレベルを上げたい強迫症状でしている。
以前もう辞めようと思っていたのだがゲーム仲間に止められた。
その人とも何故かソリが合わず別れることになった。
傷ついたので適当に惰性でしかしていなかったのだが、
先日のネット回線のクラッシュで再開した。
コンビニWi-Fiでできるのはそれくらいだったので…。
そしてネット回線が戻った頃には依存症になっていた。
夕方トイレで起きて台所へ行くと母がいた。
アニカフェどうしようか、やっぱどこかで区切らないとねと言うと、
行かなきゃ気がすまないでしょ、と何故か煽る母。
多分終わった後で、母のせいで行かなかったと言われるのを
危惧してではないかと思うが。
元々行く予定のない4回目のアニカフェだった。
毎回行くたびに何かが気になってまた行った。
今度もそうなるのではないだろうか。
どこかで諦めるというかやめないとキリがないように思う。
それができないのが強迫神経症という病気なのだが。
まだ頭痛が続いていてクスリを飲んだが効かない。
横になりタブレで強迫的にゲームをしながらテレビを眺めた。
母は睡眠不足の上、清掃で疲れているので座ったまま寝ている。
母を布団に連れて行き猫もケージに入れようとしたが、
今日は朝出すのが遅かったのでもう少しと言われ猫の番をした。
犬の特集があり、はあ、猫と全然違うなと驚いた。
こういう猫もいるようだが犬の献身的な愛はすごい。
座椅子で寝ている猫に「お前は馬鹿だねえ」と言ってやる。
そろそろ中秋の名月なのでむら雲だらけの月を観た。
猫を抱いてちょっとだけ観せてやったら逃げようとする。
外に出たくて恋焦がれている猫なので仕方ない。
呼べば来て抱っこできるのなら少しだけ外に出さないこともない。
だが呼んでも来ないし抱っこ大嫌いなので出せない。
先日の脱走の時も家人の顔を見るとダッシュで逃げる馬鹿。
毎日窓辺で庭を眺め、隙あらば外に出ようとする。
本来野良だったのを家で飼っているので哀れだと思う。
昨日ほどではないが今日も汗がどっと出る。
OS-1を飲んだら落ち着いた。すごいな。
母は変に律儀な人で変化を異常に嫌う割に大胆。
私はお茶党だがペットボトルのお茶を少し飲む。
自分で淹れるとそうならないのだが、買ったお茶は後を引かない。
甘い物や食事の後に一口飲めば口の中がすっきりする。
なので無糖の紅茶と緑茶を1本ずつ冷蔵庫に入れている。
普段は自分で淹れたお茶か麦茶を作って飲む。
痩せるのにトクホがいいいと聞いてお茶を買ってみた。
普通のお茶より高額だが、まあすっきりする。
ただなかなかお目にかからないので私は買いだめする。
母は買いだめはしない派なので見ると1本買ってくる。
私が喜ぶとまた買ってくるので4本あった。
そしてまた追加の1本がテーブルに載っていた。計5本。多い。
母のドヤ顔。覚えるのに時間がかかったので余計だろうか。
違うお茶ばかり買って来ていたので。
一度覚えると今度はこうして馬鹿の一つ覚えのごとくになる。
定価で買うのをいとわない母なので大胆。
だが一つ覚えれば次を覚えられなく変化に弱い。
少しでもパッケージが変わればもうダメになってしまう。
若い頃からそうだった。ヨーカ堂のイベントで北海道展を
していたようで私の好きなお菓子を買って来ていた。
最近何か食べると吐きそうになるので胃薬常備。
このお菓子もようやく覚えて、ドヤ顔で買ってくる。
今朝OS-1が効いたのかなあと話したせいか、
OS-1を探したがなかったと言っていた。
在庫が4本あるので…。お菓子、アイス、お茶。
早く飲め、食べろとせかされるので困る。
物に場所を取られるのが嫌なので買いだめしないのだ。
ゆえに早く早くと…。結構困る。
私はたまにアップルパイを食べたくなるが普段は好きではない。
だが母は覚えたようで今日買ってきていた。ドヤ顔で。
あまり気分ではなかったが食べたら即胃薬コースだった。
花火大会でトウモロコシを食べたので…(以下略)。
母を見ていると価値観がこうも違うのかと驚く。
なので基本的な相性は非常に悪い。
母ならアニカフェには行かないだろう。
行ってもドリンクを一杯飲めば満足。
行くことに意義があるので一回で充分。
まあ気になるメニューもあるけれどお金がもったいない。
というところだろう。
母のような考え方ができれば強迫症状から脱せると思った。
最近何故か母がうらやましい。
今日は中秋の名月なので母を起こして見てきた。
雲が消え綺麗だった。明日はスーパームーン。
明け方ずっと気になっていた羽蟻が入った照明のカバーを外す。
どうやっても外れず汗だくで格闘した。
リモコンないと使えないしどんどん不便になっていく。
汚れたカバーは明日母に洗って干してもらうことになった。


9月28日(月)

ちょこちょこ目が覚めて昼過ぎに少し起きた。母とアニカフェへ。
中途覚醒ばかりで何となく昼過ぎに居間に行くと母が昼寝していた。
父は会合で出かけたらしい。足底腱膜炎が右に出て歩くのが辛い。
外はとてもいい天気のようだ。母がアニカフェに行かないのか?と問う。
キリがないから区切ろうと思うと答えて、二度寝をしかけたところ母が来た。
父が会合から帰りアニメイトまで送迎してくれて、母も同行するとのこと。
あまりに都合が良すぎるので一度断ったが、母がチャンスだからと言う。
非常に複雑な気分でメニュー表を持ってきて私が食べたい物を見せた。
母はざっと眺め、カプチーノに即決。この2つを食べて帰ろうと。
今なら夕飯に間に合うしとさっさと車に乗ってアニメイトへ。
移転してから初めて行くのと非常にわかりづらいので戸惑う母。
エレベーターで4階に上がりドアが開くと店内だ。
「大きくなった」と母。前はコンビニ2個分くらいしかなかった。
グッズも見たいので先にチェックして予約注文しておいた。
いざカフェへ。いつもの壁際の席に行きたかったが断られた。
対面で2人座れるのに。4人席を2つに仕切った席になった。
一番前なので店員さんも近いし人は通るし落ち着かない。
これから後の私は自分でも空恐ろしいほどに狂っていた…。
母は黒バスのマスコット犬をあしらったカプチーノ。
私は黄瀬君のデザートをと思っていると母が黄瀬君の下の
メニューの紫原のデザートを指差し「これは?(食べないの?)」と言う。
私は何となく避けていたのだがカチッとスイッチが入った。
うまい棒やスナック菓子を食べるキャラなのでそういうデザート。
なら飲み物がいるだろうと紫原のドリンクを注文。
写真を撮り念願の黄瀬君のデザートはパインアイスが美味しかった。
紫原はうまい棒や麩菓子?やプリンアラモードだった。微妙。
私は大人になってからコーヒーアレルギーが出たのでカプチーノは
たくさんは飲めないが一口は飲もうと思っていたら母が完食。
「飲みたかったなあ…」「注文すればいいじゃない」「え?」と再注文。
イベントが始まった。何もわからない母は不参加と言う。
今日は私が5回行った中で一番人が多かった。
盛り上げないと面白くないので不参加は許されない。
母に適当に3枚のボードから好きな絵を出すように教える。
紫、黒、緑の3枚で私は紫で負け。母は緑で勝ったが、2回戦に入り
青で負けた。3回戦で私の卓が指名され黄瀬の名言を指定。
すでに負けているのであまり楽しくなかった。結局黒が勝ちだった。
メニューを眺める母が「これは?」と訊く。おしるこ大好きキャラの
緑間君のイメージなのでアンコとおしるこが付いてくる。
私はアンコが苦手なので「アンコが…」「私が食べてあげるわよ」。
抹茶ラテもあるが団子とアンコが付くのでやめていた。
が、母が食べると言うので注文した。抹茶ラテは好物だけど。
おしるこのカップを渡し、デザート類を食べていると、
またしても無料券配布イベントが始まった。
「さっきやったからもうしない」と言う母をなだめる。
私は緑間。母は紫原で初戦敗退した。この回は4回戦もあった。
多分一回に2枚配っていると思うので何度もして減らすのだろう。
私はいつも自分含め5、6人しかいなかったので。
店内をきょろきょろしている母がまたメニューを見て言う。
「これは?飲めるのじゃないの?」「それはどら焼きの皮が…」
「皮だけでアンコは入ってないんでしょ。いいの?」「うーー」注文。
ホットココアとホットケーキの小さいのにボールの模様がある。
母に勧めても食べないしあまり飲まない。約束が違う。
どれも少なめなので飲めたし食べれたがお腹一杯になった。
結局デザート3種制覇。ドリンク3種追加でドリンク制覇となった。
こんなことになるとは夢にも思わず、少し呆けてしまった。
会計は私持ちなのでレジをすませ店を出ると、忘れ物ですと
青峰君のコースターを渡された。コースター計8枚。
私を煽り、メニューのフード系4種以外全制覇した。
夕飯が近いので隣のデパ地下かスーパーで弁当を買うことに。
父に電話をすると「今日は名月なんだぞ!」と言われた。
スーバーで買うことになったが母の話だと月が見える場所へ
車で行こうと母を誘っていたらしい。行くのか?
迎えに来た父はスーパーまでの道中曇っていたので不機嫌。
「星も見えない」とずっと文句ばかり言っていた。
スーパーで買い物をし家に帰ると話がおかしくなっていた。
月が見えないと言うがニュースでは月の出が7時前。
まだ6時半なので月が昇っていないと指摘した。
どこかへ見に行きたいとぶつぶつ言っていたのに、
突然「行けばいいんだろう。お前らの気がすむように!」と怒り、
怒って怒ってどうしようもなくなってしまった。
見晴らしのいい場所で綺麗な月を見たいのは母も私も同じ。
だが父は多分目の前のお酒の誘惑に負けたのだ。
母がこんな状態で車を運転させると事故になるかもと言う。
今日は諦めようと。そして父はビールをガンガン飲み始めた。
アル中なので。その後何度も庭に出ては月を見ていた。
雲が晴れたので「いい場所で見たかったのに」と言う。
お酒を呑むのを数時間我慢すればよかっただけなのに。
アニカフェでは無表情だった母だが「あれは面白かった」
「一人で来ている女の子がいた」「みんな楽しそうだった」
「結構美味しかった」とニコニコしていた。
楽しかったのか…。私は今びくびくしている。
また何か残していたら気になって最終日の明日行くことになる。
コースターを確認し、メニューを見て、いや見ない方がいいのかも。
次のスーパームーンは来年11月。
両親はもっと衰えているだろう。
私の家は区画の中心で周りを建物に囲まれている。
月も民家とビルの隙間から見るような感じだ。
どの家も新築かリフォームして我が家だけがオンボロだ。
狭い夜空の大きな月を見た。今夜も母を起こした。
父は寝るまでカメラで月を撮っていた。
父は起こすと怒るので起こさなかったが今は雲が少ない。
携帯で撮影した。
どうか来年も家族が欠けることのないよう手を合わせる。
明日は歯医者。なかなか休めない。
しかし今日はスイッチ入りまくりで狂っていた。
強迫神経症、何とかしなければいけないと思う。
カフェが終わってもゲーム依存や次がくるだろう。
難題だ。


9月29日(火)

疲労困憊。歯医者に行った。
昨日睡眠不足と興奮したせいか爆睡したが歯医者で起きる。
あと5分…と思いながら起きた。胃腸が悪いので早めに起きる。
そうめんを少し食べたら胃がギリギリするので胃薬…。
あとずっとお腹を下しているので様子見もかねて早く起きる。
胃腸が元気ならあと1時間は眠れるのに。
時間が来たので歯医者へ。医者の地雷がわからないので無言。
無言でいるとやたら話しかけてくる。
本当は昨夜から右の上の歯茎が小豆大に腫れていて痛い。
歯周病のクスリを塗ると少しは収まったがぶよぶよだ。
前回までは律儀に報告していたが今回は黙っていた。
「(私)さんが急いでおられるのでガンガンいきますね」と。
やたら「(私)さんが早く終わらせたいので」とか
「(私)さんが早く終わらせるためには~して」と言われる。
早く終わらせたいよ。一週間に一度の通院でも大変だ。
他の病院との時間の兼ね合いもあるし急いでいるのは当然。
急ぐのが悪いことのように聞こえてしまう。
今日は歯の型も取るので歯石取りは時間的に無理らしい。
「そこをご理解いただかないと治療はできませんがいいですか?」
……何となく言い方が気に障るというか、嫌味に聞こえる。
歯石取りと虫歯の治療を平行してすると約束したのに。
また1回延びてしまった。仮歯を入れたが歯茎が疼く。
少しでも質問するとキレるので黙っているとそれも不安らしく、
何度も「お疲れですか?」と尋ねられたので「元気です」と答えた。
終わったので外に出た。道路を渡るとスーパーがある。
バブルの頃までは唯一の大きな田んぼがあった一角なので、
今も田んぼの名残がわずかにある。
穂を垂れた稲穂を撮っていると道路と高架橋の隙間に夕日が。
本当に狭い隙間だが、そこ一杯に綺麗な夕日が見えた。
今ここは田んぼを潰し大きな道路やコンビニや飲食店、
ビル、家が立ち並んでいるが昔は広い田んぼだった。
私は夕日と田んぼと溝にいる生き物の観察が好きで、
日が沈む頃には散歩して夕日を眺めていた。
そこに高架橋ができ、縦横無尽に道路ができて見れなくなった。
学生時代も朝日や夕日を見に海沿いの道を散歩した。
夕日を見ると何故か元気が出る。
偶然だが今年に入って2回目くらいに夕日を見た。
私の家からはもともと建物の陰で夕日は見れない。
ここはひそかな夕日スポットだったのだ。
いいものを見たと機嫌よく買い物をして帰った。
私はイクラとウニが好きだが2割引で丼があったので買った。
しばらくは飲食物を控えるように言われているので横になる。
どっと疲れが出た。疲れた上に疲れが来た感じだ。
歯の神経を抜いたので感覚がなく変な感じだ。
じわじわと歯がういてきた。
食欲は旺盛でウニイクラ丼を美味しくいただいた。
母の残した菓子パンも食べた。昨日も高カロリーだった。
食欲が出たのはいいことだがリバウンドが怖い。
が、ほどなく胃痛で胃薬を飲んだ。
今日は医療費の明細書を整理した。
病院貧乏だ。歯医者が加わってからすごい。
昨日アニメイトで買ったコースターケースに、アニカフェで
もらったコースターを入れた。嬉しい。
昨日は楽しかったなあと時計を見てしみじみと思った。
ちょうど閉店時間。黒バスカフェ終了時間。
母は私がいなければ絶対行かない場所なので面白かったそうだ。
いろんな人や飾りつけを見て独り楽しんでいたらしい。
秋アニメが始まるが週3本が限界なので悩む。
旧パソコンも修理に出すか悩む。最低6万円から。
歯医者でもう1本虫歯が見つかったのが痛い。
1本でも何万単位なのにまだ1本残っている。
VISTA搭載PCを買うか今の旧PCを修理するか。
WIN10が出た今、そもそもVISTAはあるのか?
考えることは山ほどあるが身体がついてこない。
右膝のMRIを撮る話も出ているし。金銭的に不安だ。
今日いじった奥歯周辺が痛いのなんの。
顔も腫れているし眠れない。


9月30日(水)

今日は爆睡のち不安発作で鬱。マリモの水替え。
最近何となく自分の中に「スイッチ」があるように感じる。
「きっかけ」でもいい。何かのきっかけでガクン!と崩れる。
一昨日のアニカフェでお菓子系を食べたせいか甘いものが欲しい。
自律神経失調症以来下痢と胃痛と吐き気があるので食欲がなかった。
昨日から少し食欲が出てきて、今日は食べたくて仕方がない。
リバウンドが怖いので我慢するが食欲がある。
拒食がアニカフェでスイッチが入って過食に戻った感じがする。
およそ8キロ減(でも過体重)。もう少し落とさなければ冬物が着れない。
昼過ぎに空腹で目が覚め、禁じていた菓子パンを食べて寝る。
たくさんの悪夢を見て不安発作を起こして起きた。
気になっていることが2つある。観葉植物の植え替えとマリモの水替え。
あまり寒くなるとできないので早くしたいのだが夏バテでできなかった。
昨日マリモの瓶を見るととても汚れていた。
観葉植物は土を買ってこなければならないのでできない。
マリモの水替えをした。今年マリモには嫌な思い出ができた。
5月に2匹目の猫を飼っていいと探していた時ペットショップにあった。
父がイライラし始め、母がまた来るからとその時は買わなかった。
しかし父の猫ブームは2週間で終わり、ペットショップも行っていない。
今西洋マリモという大型のを2個と小さいマリモを4個育てている。
小さいマリモの2個が色が悪く、死んでいるようにも見える。
西洋マリモも部分的にドロリとした感じで病気の不安がある。
あの時2匹目を飼えるとどんなにココロ踊ったことか。
神様はもう一度生きるチャンスをくれたと浮かれた。
その後、「親」が勝手に行った譲渡会に「親」が気に入った猫がいた。
要はタダなら何でもいいのだ。今の猫と同様に。
そして相手の初老の女性から人間不信のトドメを刺された。
その日を境に2匹目のにの字も出ず、2匹目の話はなくなった。
マリモに何も罪はないが自然にペットショップを思い出す。
もうペットショップには辛くて行きたくない。
ペットショップも軒並み郊外移転で車ナシでは行けない。
水替えをしていると酔っぱらった父がご機嫌でやってきた。
「スーパームーンは見れたか?」またこれである。
父はスーパームーンの意味がわからないので昨日も数回同じことを言った。
あの日父がキレて自分で酒を呑んで車の運転ができなくなったのに、
月が綺麗に見える高台か海に行きたかったとこぼす。
「スーパームーンは28日。今日は30日」と言うときょとんんとして、
「ワシは認知症でボケてしまっているらしい!」と大声で嫌味ぽく騒いでいた。
そう、次は1年以上後のスーパームーンを逃したのは父のせい。
躁うつ病ではないので楽しいことがあればその時だけは気持ちが上がる。
基本うつ病なので低空飛行で自殺ばかり考えている。
両親の猫への溺愛ぶりは見ていて異常だ。
私という人間が持つ大きな課題からの現実逃避に見える。
私の病気、老後、そういうことから親は逃げている。
自分で考えろと言われてもどれもどうしようもないことなのに。
そしてそれが認知症でわからないのだ。
この先生きていて両親が若返り、シャンとすることはない。
目に見えて老いていく両親を見るのは苦しい。
私自身も中年になり老いが見え始めた。
今の猫が死ぬのは10年先。もう猫は飼えないだろう。
そもそも私が生きているかどうかが問題だ。
去年の11月、あの仔猫がうちに来てくれた。
あれが神様のくれた最後のチャンスだったのに。
あの仔は私が思い描いていた理想の猫だった。
あの仔は飢えて凍え死んだだろう。殺したのは私。
絶対放してはいけない手を放した、だからこれは罰。
あの仔が逝った11月が近づく。
旧パソが今度壊れたら死のうと決めていた。
今生き返ってはいるが使わない…。
このままそっと眠らせて、私と一緒に連れていきたい。
使えばいろんな想いが人目に触れやすくなる。
自殺は悪いことだと万人に声を上げて罵られたが、
自分が「もうここでいい」と思った時に死ぬ権利はないのだろうか。
病気ならココロも身体も罹っている。条件は整っているはずだ。
引き止めて後は自分で考えろという人が多いが、引き止めるなら
その人が生きる希望を持つまで寄り添うべきだ。
ただの自己満足で苦しみを長引かせるのはどうかと思う。
放っておいても生きたい人は何としても生き延びる道を選ぶ。
死にたい人が何故死にたいのか、私は社会に問いかけ続けた。
結果として自殺希望者からは賛同、否定者からは袋叩き。
リアルでもネットでも全力で闘ったのでできることはしたつもりだ。
親は私から生きる希望の猫を奪っておいて、嘘ばかりで延命させ
何年も私を苦しませて自分が死んだ後は勝手にしろと言う。
これ以上の無責任があるだろうか。
 

2015年9月3

 投稿者:ねざくら  投稿日:2017年 1月10日(火)04時03分13秒
  9月21日(月)

最近パソコンに振り回されてストレスが臨界点を超えている。
我が家は年中行事を異常にこなすので敬老の日もする。
起きると両親は隣県へ小旅行。出かける約束をしていたのに。
駅の地下街でバーゲンがあるので行こうと。
4日間で今日が最終日。ずっと行けなかった。
朝までパソコンの設定をしていたので疲れ果てて寝た。
親が帰ったのは18時過ぎで行っても1時間ほどしかない。
あきらめるしかなかった。
未来の予定表が白紙の私。
8月は花火大会が2度あったのでその日までがんばれた。
今回はバーゲンとお墓参りまで生きようと思った。
どちらもダメだった。
朝まで格闘した旧パソコン、どうやってもサイトが見れない。
親の買い替えろや新しいパソコンがあるんだ攻撃。
私は5月の猫の譲渡会の件で本物の人間不信になった。
怖い、と思った。
人間が。
そのくせ人一倍の淋しがり屋なのに。
父の認知症は激しいが母も情緒不安でボケている。
今日夕方からバーゲンに行こうと約束していたのに。
本人は全く忘れているので話にならない。
そして不機嫌になる。
胃が悪い。拒食症だと思う。元々はそうだった。
だんだんやりきれないどろどろした気持ちが募ってきた。
空缶があったので土間に何度も叩きつけて。
「うあああああ!」と叫んだ。
先日の電話で私が叫ぶのは誰にもわかってもらえない気持ちが、
言葉にならない怒りや悲しみが叫びになっていると言われた。
そうだと思う。
はたから見れば立派なキチガイだろう。
安定剤を大量に入れて希死念慮と闘う。
死にたい死にたい死にたい死にたい。
母の胎内にいる時から今までの全ての人生が失敗だったと思う。
生きることに失敗した。
深夜、先ほど兄の留守電に入れておこうと電話すると繋がった。
最後までしゃべらせてくれず遮っては違う内容になる。
遅々として進まない話に兄はブチキレていた。
まさか起きているとは思わなかったのでパソコンは用意していなかった。
そこをまたボロカスに言われる。
しらないと放り出されたので電話を切った。
あれだけ他人に言いたい放題言えると気持ちいいだろうなと思う。
私には認知症の両親と仲の悪い兄と懐かない猫しかいない。
胃がギリギリ疼く。食べないのが快感になっている。
体重を減らすのが楽しい。拒食症のメカニズム。
実生活で思い通りにならなくても自分の身体は自由にできる。
痩せることも太ることも。自傷行為も。
心理学で習ったことが当てはまる。
私の場合まだまだ肥満だから誰も闇に気づかない。
私がベッドの上しか居場所がなくても家族は何とも思わない。
両親のアタマはすでに認知症で壊れているのだ。
ばあちゃん、お墓参り行けなくてごめん。


9月22日(日)

昨夜安定剤を大量に飲んだので一日寝ていた。
激しい不安発作に何度も襲われる。
そのたびに安定剤を入れる。
毎晩私が麦茶を作っているのだが昨夜は作れなかった。
私が作っていない日は朝母が作っていたのに今日はない。
「麦茶ないの?」と訊いただけでキレる母。
母も兄同様起承転結の承あたりで話を遮るところがある。
あるかないかの確認だけでなければ急須でお茶を淹れる。
子供の頃からたったこれだけのことで一方的に喧嘩になる。
普通の家なら「作ってないわ」「んじゃ自分で作るわ」だろうに。
こういうことの積み重ねが私を自殺へとかきたてていく。
昨夜もODでフラフラで何度も廊下で倒れた。
母は黙って見ているだけ。
「もう我慢できない。自殺する」と言っても部屋には来ない。
いつも思うが廊下で失神している時に脳出血起こしていても
きっと誰にも気づかれずに放置で死ぬのだろうな、と。
倒れている私の横をトイレや台所へ行きかう両親。
異常な光景だと思う。
隣に従兄弟達とその子供が勢ぞろいして騒いでいる。
騒音を聞きながら「あったかもしれない」と思う。
私も健康で結婚して子供がいれば、あったかもしれない喧噪。
隣から従兄弟の声や子供の声が幸せな妬みに聞こえる。
そんな自分が汚くて嫌で、私は辛い。
従兄妹は3人いるが私と上下一つ違いと同級なので余計に思う。
私にも「あったkもしれない」幸せがそこにある。
夜、不安発作があまりにもひどいので病院に行こうかと思った。
ただ精神は紹介状が必要なので救急が応対してくれるかわからない。
強い安定剤を注射してもらって眠りたいと思ったけれど。
手持ちの安定剤をバカバカ飲んで少し落ち着いた。
最近食欲が全くないので昼は抜いている。
夕飯を義務的に少し食べていると母が来て座った。
私がキチガイだから皆もキチガイになったという我が家の法則がある。
元々所謂ヒステリーな母だったがさらにアップダウンが激しくなった。
最後まで話を聞かずに煽ることばかり言ってくる。
兄の電話とよく似ていて勝手に怒り始めるので困る。
価値観がまるで違うので多くの説明と事例が必要だが
最後まで話をさせてくれないので不発に終わる。
食べ物を食べると胃が痛かったり吐きそうになる。
今日も吐きそうになり洗面所でゲーゲーしていた。
吐かなかったが気持ち悪いので胃薬を飲む。
昨夜一晩旧パソコンをいじっていて思った。
もう、こいつはダメなんだ、と。
13年分の日記や絵や写真が入っているがこのままにしておこうと。
データを移動させることはできるが新パソにソフトが対応していない。
旧パソコンでないと見れないのだ。
変換して新パソコンに合わせるにもソフトが古いので旧パソコンで
変換しなければならないようだった。
業者に頼むとしても大変な個人情報なので私が嫌だ。
今年に入り大切な物が次々になくなっていった。
生まれた頃からのアルバムは腐ってしまってなくなった。
大学や院で私が書いた(当時手書き)卒論も一緒に腐っていた。
子供の頃から描きためていた大量のスケッチブックも腐っていた。
絵の道具も書道の道具もありとあらゆるモノが腐っていた。
学生時代から趣味で撮っていた写真も何一つ遺っていない。
こうしてひきこもりになった今、懐かしい風景を見たいと思うのに
肝心のアルバムがないのだ。
成人式も卒業式も何一つ遺っていなかった。
描いた絵も。
20年大切に育てていた観葉植物が突然枯れた。
10年かけて玉を集めた天然石のストラップが切れてなくなった。
お守りにしていた天然石が割れた。他多数。
唯一の居住区のベッドが壊れた。応急処置をしているが壊れるだろう。
そしてトドメが私の戦友、旧パソコンのクラッシュ。
最後の糸がプツリと切れた感じだ。
でも誰もわかってくれない。
失くした物のどれもが私の半身で取り替えのきかないものだと。
アルバムの写真も絵も二度と戻らない。
キモチワルイのだ。
「私」に関するモノが消えていくことが。
旧パソコンは本来なら3月にクラッシュした時点で修理に
出すべきだった。
新パソコンは先輩に絶縁される原因になったので見ると辛かった。
だから買って一年経つのにほとんんど使わなかった。
トラウマなので今でも本当は使いたくない(パソコンごめん)
だから旧パソコンを必要以上に酷使した。
その結果が今なので自業自得だ。
新パソコンにはデータは何も入れないつもり。
今日不安発作で希死念慮と闘いながら、ふっと力が抜けた。
旧パソコンを直そうとあがくよりこのままに眠らせようと。
私の思い出ごと、そっと。
こんなになるまでがんばってくれた。
もう充分だ。
そして私もここまでがんばった。
一緒に逝こう、と。
旧パソコンも起動すれば一部のデータはソフトなしで見れる。
それを他人に見られたくない。
私がサイトにも載せなかった、ドロドロした私の本音。
私が決断した時に削除してしまおう。
旧パソコン、無理ばかりさせてごめんね。
あと少しするべきことがあるから。
もうちょっと待って。
苦しいよ…。


9月23日(水)

昼前まで眠れず夕方起きてアニメイトに行った。秋分の日。
春分、秋分、夏至、冬至は日の出入りに手を合わす。
今日から季節は憂鬱な秋になったのだと実感する。
もう旧パソコンはいじらないと決めたが昨夜は悶々としていた。
昨日寝すぎたせいか寝付けず昼前まで悶々としていた。
夕方目が覚めて先日撮り忘れた写真を撮りにアニメイトに行こうかと。
気を付けていても注意力散漫で何か忘れている。
入口までの通路の画像を撮るのを失念していた。
これは外からでも撮れるので。
ただ恐ろしく身体がだるくお茶を飲んでも吐き気がする。
でも行けばアニカフェに入ってジュースを注文しそうだ。
足底腱膜炎も疼くが一歩でも家から出たかったので支度する。
まさに出ようとした時、父が送迎してくれると言う…。
断ったが母がしてもらった方がいいと強引に言うので仕方なく。
父はアル中なので午後6時丁度の夕飯で呑む。
我が家は午後6時の父の飲酒の時間に縛られている。
アニメイトに行くと絶対6時を回るので落ち着かないし父もキレる。
5時半頃アニメイトに到着した。
早速アニカフェまでの通路に行きタペストリーの写真を撮る。
母にお茶してきても大丈夫と言われているので迷う。
と、入口の看板を見て気付いた。土日祝は予約制だった。
完全入れ替えだが空席があるらしい。
一度家に電話した。行ってきなさいと母が言う。
6時半から入場なので遅くなると伝えたが大丈夫と。
まだ30分あるのだが身体がだるくて階段で座って待った。
時間が来たので行き予約券を見せていつもの席に座る。
お客は私含め5人か7人?程度のガラガラだった。
一注文につき一枚コースターがもらえる。全7種。
今3種ある。出がけに胃薬ガンガン飲んだのでいけるか。
なんかすごく馬鹿なことをしたくなった。
2種類ずつ2回注文してコースター4枚もらった。
これでフルコンプした。ああ恥ずかしい。
ジュース自体は氷が多く量も少ないので前回2杯飲んだ。
人を待たせているとどこか落ち着かない。
ゆっくり店内を眺めているつもりだがそうでもないようだ。
時計ばかり見てしまう。
帰ろうと思った時に例のイベントが始まった。
店員さんが赤司を着けていたので赤司だろうと。
とかく早口なのでよく聞き取れなかったが9月23日を
数字にして卓番号の人を指名していた。
緑間君の名言を皆で言いながらボードを挙げる。
赤司で正解、だがもう少し減らすらしい。
前回はここでつまづいて2回目に参加できなかった。
赤司のボードの人で2回目をする。
9-2-3=4
で4卓の私に指名が…!
赤司の名言を言った。
店員さんが「頭が」、みんなで「高いぞ!」で黄瀬を出した。
当たりで無料券をついにもらった!
黒子かなと思ったがやはり黄瀬だった。
交流ノートを見ているとさすが連休で書き込みが増えていた。
キャンセルのキャンセル待ちという人もいた。
映画化おめでとう!が多かった。映画になるのか。
7時半を過ぎたので急いで会計をすませる。
店から出たところで綺麗な若い女性に声をかけられた。
あの無料券の期限が月末なので私にくれると言う。
遠方から来ているのでもう来れないからと。
なんなら捨ててもかまわないですからと強引に渡された。
次は「刀剣乱舞」で全く知識がないので行く気もない。
でもコースターをコンプしてしまった。
私がもらったのは10月末期限。
家に電話をかけた。
カフェが閉まったので最後にドアを撮ろうとして気付いた。
ここにも撮っていないキャラ達がいる。
それを撮っていると親から電話がかかるかかる。
馬鹿携帯なのでカメラモードからは電話に出れない。
私からかければよかったのだが早く撮ることしか考えていなかった。
撮ろうとすると電話。
撮ったものを確認しようとフォルダを開くと電話。
そして閉店に。
いつもの半分の時間で迎えが来るとは思わなかった。
撮ってから電話すればよかった。もしくは電話をかければよかった。
最後に撮ったのはどれも少しずつ手ブレていて残念。
1分間に2度くらいの頻度で10回はかかっていた。
父がせかしたらしい。
家に帰ると父は不機嫌で酒を呑んで寝てしまった。
自分で行けばよかったと思った。
兄から電話があり旧パソコンのことだったが全然わからない。
「ググれ(検索しろ)」ばかりで。検索してるがヒットしないのに。
兄自身がヒットしていないようなのによくわからない。
一応「ありがとう」と言って切った。
ジュース4杯飲んだので食欲がない。
手元の無料券2枚。どうしたものか。
木曜日は整形が休みなので金曜日と思っているが混むだろう。
その後でアニカフェのラストオーダー7時半は多分間に合わない。
券を記念に取っておいてもいいように思う。
2枚あるのが悩ましい。
今日庭から戻った父に付いてバッタが入って来た。
籐(とう)で編んだ枕の中に4センチほどのバッタがいた。
猫に見せるが無反応。
母が出して畳に置いて猫を連れて行くと逃げた。
普通の猫なら大喜びだろうに。
カリカリしか食べないし野良になったら死ぬだろうなと思った。
シルバーウィークの秋の5連休、次は11年後。
両親はもういないのだろうなと淋しくなる。


9月24日(木)

不安発作がひどく何度も目が覚めた。息苦しい。
昨夜兄の指示通りVISTAにサービスパックを入れた。
1、2とありダウンロードに1時間以上かかるのに1は入っていた。
2のダウンロード後の数回の再起動で凄く時間がかかった。
でもやはりネットは改善されず力尽きた。
眠いのをこらえて朝まで起きていたので入眠を逃した。
最近寒暖の差が激しいので昼に暑くて目が覚めエアコンを入れる。
不安発作はどう表現すればいいのだろうか。
呼吸がおかしくなるほどの恐怖と不安で胸が苦しくなる。
原因は何だろうと考えて一つ思いついた。
それは「死別」の恐怖。死別によって孤独になる恐怖。
親の誕生日が立て続けにあり78歳と79歳の両親。
父は目に見えてボケているし母も物忘れがひどくなった。
来年はもっとボケるだろう。去年はまだマシだった。
猫も3歳。5歳からシニアなのだが動きが鈍くなってきた。
私も立派な中年で…。
親が死ねば親戚付き合いも友達もなく孤独一直線だ。
将来への不安、死別の孤独が大きいかもしれない。
時が止まればいいとずっと思っていた。
夢を見ながら「うわーーーーー!」となって目が覚める。
ガタガタ身体が震え背中がゾクゾクして心臓がバクバクする。
こういう時安定剤を飲むことを失念している。
少し正気になると安定剤を飲むが、すぐに発作が起きる。
今日は一段とひどかった。
誘因するものとしてストレスがある。
昨日もらった無料券をどうするか考える。
整形の終了時間次第で変わるが現段階ではわからない。
もしもらわなければ行こうとは思わなかった。
なら、なかったものとして置いておけばいい。
何を悩んでいるのか迷走している。
本当は昨日コースターをコンプして終わりのはずだった。
もう行くことはなかった。
行きたいのかどうなのかすらわからなくなっている。
強迫症状と不安発作が混じって混乱している。
アタマがごちゃごちゃして苦しい。
ただもうゆっくり眠りたい。
一時間に一度は発作がくるので苦しい。
連休がなければ火曜日に整形をすませていたのに。
とにかく苦しい。怖い。怖い。怖い。
独りは嫌だ。


9月25日(金)

整形とアニカフェとドラッグストアへ。疲れた。
アニカフェの無料券を記念に取っておくか迷った。
こんなレアな物そうそう手に入らないだろう。
9月末と10月末期限とあるので自分で取った10月末を保存することに。
昨夜は兄の指示でVISTAのサービスパックをDLしたりと入眠が遅れた。
睡眠不足で半分ぼんやりしながらいつもより一時間早く整形へ。
待ち人数が5人だったので「あれ?」と思ったが初診が多かった。
初診は時間がかかる。私は赤外線を先にするので会話で気付いた。
それから1時間。待合室はほぼ満席。
斜め後ろのおばあさんが「一時間半も待ってるの」とこぼす。
隣の女性もそうで、三人で長いですねえ、と。
ようやく順番が来た。今回は肩のみの注射となった。
時刻は6時少し前。歩行者でごった返す駅前の道を行く。
アニメイトに到着。ツイッターで知ったがアニメイトのグッズを
500円以上買うとコースターがもらえるらしい。
捨てたレシートもあるがあと200円で千円になるレシートがあった。
前から買うか迷っていたメモ帖300円を買ってアニカフェへ。
これで4回目だが毎回同じ4卓に通される。
もう一度飲んでみたいドリンクが2種類。
無料券は一度に何枚でも使えるらしい。悩む。
コースターは何千円でも500円以上で1枚らしい。
厨房の入口にキャラの絵が貼ってあるので撮った。
開閉する場所なので非常にご迷惑をおかけした。
イベントは店員さんが紫原だったが3種は火・緑・黒だった。
最初から全く火神は年頭になかったので黒子を挙げた。
火神が当たりだった。当たれば先日もらった無料券を使うつもりだった。
ちょっと残念だなと思いつつ店内を眺める。
ラストオーダーに来た店員さんに覚えられて「誰が好きですか?」と。
「黄瀬君…、でもチャラいから…。実は黒子君が苦手なんです」
「ええっ!」と店員さん。そりゃ主役だもの。「毒舌がちょっと…」
と少しだけ初めて誰かと黒バスの話をした。感動。
これで3回はお会いしている一人で来ているお客様。
いつも同じ時間帯なので一昨日もお会いした。服が同じ。
勇気を出して話しかけた。さっき火神君で無料券を当てた人だ。
もう火神君が好きで好きで毎回火神を挙げていて初めて当たったと。
今日で6回目だが券があるのでもう一度来るそうだ。
店員さんと同じことを聞かれたので同じことを返したら、
「黒子っちにズバズバ言われたら立ち直れないですよね!」と。
その後その人の書いた交流ノーを見るとイラストがあった。
同人誌やってる人かなと思った。絵は普通。
閉店になったので外に出る。名残惜しくまた撮影。
そして今日はドラッグストアの特販日なので足を伸ばした。
私は大瓶で買って小瓶に分けて使う。
大瓶の方が割安なのでささやかにケチっている。
骨折以来親が私のカルシウム剤を飲んでいてもうないと思った。
電話するとないそうなので買う。
メモがないので買い忘れが絶対あるだろうが疲れた。
自律神経系と思われる汗で背中が滝汗になっている。
家に帰り撮った写真の整理をしていてまた強迫的になってきた。
明日は兄が店に行き散発するそうで家に寄るらしい。
その時旧パソコンの具合も診てくれるそうだがすでに不穏だ。
言われたことを全部していない。
IE8にアップデートとか。
夜までいる気はないので昼起きろとか。無理。
また罵詈像損の嵐なのが目に見えていて鬱陶しい。
気になっていたことが片付いたので少し楽になった。
あとは強迫症状が出ているので写真の整理はやめよう。
上手く獲れていないのがあれがまた気になる。
Eテレで浦沢先生の「漫勉」というのが金曜にある。
著名な漫画家の制作現場を取材するのだが凄い。
録画して何度も観直すが画面の構成が悪いと思う。
画面が四分割され作画と対談風景。下にテロップが流れる。
これだけを同時進行でされるとどこを観ていいかわからない。
作画を観ようと思えばテロップが頭に入らない。
後でテロップをもう一度観る。対談風景ももう一度観る。
何でこういう画面構成にしたのかさっぱりわからない。
45分の番組を3時間以上かけて観ている。
これ漫画のコマ割りなら絶対失敗だと思う。
今日で一段落。次は翌3月からだそうだ。
疲れた……。
 

2015年9月2

 投稿者:ねざくら  投稿日:2017年 1月10日(火)04時00分39秒
  9月11日(木)

11日。いのちの電話。2度かけたがどちらも時間切れ。一つはいい方法があるが時間がきたのでと意味深。
両親は道の駅までドライブ。また少し膀胱がおかしいので薬飲む。
恐ろしい疲労感。中途覚醒ばかり。電話もない。
何となく携帯でテレビを見て台風17号の被害に驚く。夕方迄ワイドショーを見た。
親が帰り電話がないのを確認して仮眠。起きてニュースを見る。今日は9.11だった。
あの日職業訓練校の仲間とファミレスにいた。先輩が米国から一時帰省したので。
みんなではしゃいでたくさん笑っていた。大画面のテレビの画像がずっと同じに見えたが気にせず。
先に帰った友人がメールしてきて何か大変なことが起きているらしいと。
携帯の機能ではわからなかった。深夜家に帰り驚いた。
毎年この日はあのファミレスで夢や希望を語り合い就職活動の話しをしみんなの未来が明るかったことを思う。
先輩は事故で寝たきりに。私はひきこもりになるなど微塵も考えなかった。
若さと希望と笑いに満ちた還らぬ日。


9月12日(土)

12日。電話なし。右の耳たぶに袋に入ったオカラのようなものが溜まることがあるのだがかなり痛い。
切って袋ごと取らなければならないらしいが。3日ほど前から我慢していたが今日潰した。
かなり血が出た。毎日毎日次々と。嫌になる。今日は一日寝ていたが背中が痛くなり中途覚醒ばかりだった。
今日も電話はなし。
父が半分昼夜逆転なので夜居間に行けなくなりベッドの上に座卓を出しているが座が抜けそうで怖い。
簡単にベッドを買い替えろと言うが部屋中の物を全部出さないと無理。そして出す場所がない。
どうすればいいのか。八方塞がりだ。膀胱の調子もまたおかしくなってきた。
私が愚痴を言うと瞬くまに母が不機嫌になる。
猫にノミ取り薬を着けた。これを着けると臭いが嫌なのか猫が落ち着かなくなる。
不安発作多し。安定剤を飲む。無為に時間が経つのが恐ろしい。といって何かする気も起きず。
足は痛いし下痢は続くし胃も痛い。暑い寒い。この身体から解放されたい。


9月13日(日)

13日電話なし。タブレに四角の中に「あ」や「A」のフォント表示が入り邪魔なので、
「もし」兄に電話する用事があれば訊いて欲しいとメモした。嬉々として両親は兄宅へ行き
兄は「わからん」でラーメンを食べてご機嫌で帰って来ていた。両親は兄大好きなので
どんな些細な理由でもあればいい。会いに行きランチに出かける。
昨日も道の駅に行ったばかりなのに体力あるなと思う。私は強迫症状が酷くなって中途覚醒ばかりだ。
不安発作が酷い。先日のアニカフェの写真の整理をする時に昔の写真も出てきて凍りつく。
7年前何も知らず笑顔の私。愚かな私は何も知らず笑っていた。
この後親の認知症で家中滅茶苦茶になり自分の病気も告知されるのに。
今のこの光景を知ることもなく鬱病は治ると笑っていた。幸せな無知だった頃の写真。
満開の桜の中で元友人に撮ってもらって私は笑っていた。笑っていたのだ…。


9月14日(月)

大厄日。朝パソコンの電源を切ったら起動できなくなった。歯医者に行く前タブレ会社に電話。
二時間もかかったのに解決法なくリカバリしろと指事される。予約ギリギリで歯医者。
歯石取りしないので尋ねると私が疲れているようなのでやめたと言う。
急いでいるので歯石取り頼むと新たに虫歯が!しかも大きい。
毎回歯のチェックしているのに何故!?医療ミスだ。落ち込む。
家に帰り父に郊外の電器屋の修理センターで診てもらう。リカバリしかないと。
睡眠不足と過労で目眩がする。タブレのリカバリするが直らずデータが初期化に。
直らないならリカバリしたくなかった。パソコンもリカバリ。
リカバリDVDに反応しないので戻せないしネットがエラーで使えない。途方に暮れる。
ネットが断線してからボロボロだ。パソコンは寿命かもしれない。
何もかも嫌になった。目眩でふらつく…。


9月15日(火)

一晩中パソコンしてたのでダウン。嫌だが兄に電話して専門用語多くわからないと人間の屑のように言われる。
体が重くて起きていられない。皆新しく買えだの壊れたから棄てろと言う。
このパソコンには深い思い入れがあるが理解してくれない。今新旧2台パソコンはある。
ただ旧パソコンは私の闘病開始直後に買い私の戦友だった。モノに命が宿るなら確実に私の魂が入っている。
簡単には手放せない。誰一人家族は理解できないが。
例えばペットが2匹いて老いた方が病気になり若い方は元気だから老いた方を処分してもいいだろう、に近い。
生物ならしないがモノなら買い替えろと簡単に言う。新しいモノがいいと。
先日アイボをテレビで見たが製造中止になり部品がなく動かなくなったロボット犬の持ち主が泣いていた。
一緒に見ていた両親はかわいそう、何とかならないのかと嘆いていた。
同じ電子頭脳でも生物の姿ならかわいそう、箱なら仕方ないの違い。
新しいパソコンがあるからいいとさんざん責められたが核心は違う。悲しくて泣くことしかできない。
すぐ修理と言われるが中に個人的なデータが詰まっているので、
そこの取り出しは私の仕事だが一番大変な作業で気が遠くなる。そもそもドライブ認識しないので無理かもしれない。
過去数年分の日記がパーになるかも…。


9月17日(木)

起きれず病院はクスリ送付にした。体が自分のものじゃないようにだるい。
夕方だったが父が送迎するというのでアニメイトへ。
前回のアニカフェで赤司のタペストリーの写真がなくて強迫的になっていた。
前回は店内を見なかったので先に買物をすませた。カフェは同じ席だったがクロスが違っていた。青峰と今吉さん。
ドリンクを注文しメニューと一緒に撮り、引き寄せるとかなりこぼれた(涙)美味しかったので余計に。
例により写真撮りまくり。赤司は入口のすぐ横にあった。気付かないわ。
イベントが始まり今回は黄瀬と決めていたし店員が黄瀬をポケットに入れていたので確信したのだが、
皆が黄瀬を挙げたのでやり直し2回目となった。
前回はコスプレ店員さんがゆっくりとしゃべってくれたのでわかったが今回は早口の普通の店員だったので
2回目の意味がわからずパネルを挙げなかったのに気付いてもらえず。後で訊くと無料券は上限があり多くの人が
黄瀬を当てたので減らすためにもう一度したとのこと。でも一番隅とはいえ挙げていないのに気付いて欲しかった。
疲れているせいか最初の時のようなトキメキが薄くあまりテンションが上がらなかった。
1注文で1枚コースターがもらえるのでもう一杯ドリンクを注文した。これで赤司、黄瀬、緑間と3枚になった。
どうしても撮りたい場所に4人組が座っているので空くのをぼけっと待っていたら閉店間際になった。
人数で座る席が決まる。一人なら壁際。店を出て久々にガチャをした。4種ダブりなしコンプ。何をしても気が晴れない…。
家に帰りぐったりした。まあ楽しかった。ドリンクこぼしたのとイベント失敗したのを除けば。
新PCに新たな症状が出ていて困る。サイトのクリックできる場所にカーソルするとリンク先がずらっと出てくる。アタマが痛い。
精根尽き果てたので検索もしたくない。何が起きているのだろうか。新PCのリカバリだけは絶対したくない。
明後日タブレ会社から電話があるがメールが着てないので何もしてませんよ!明日はオフなのでゆっくり眠りたい。
倒れる。いや倒れてる。


9月18日(金)

今日は半日寝た。
3時頃起きると何か外で歌のような音がする。
母が見に行くと白装束の怪しい人たちが歩いているらしい。
すぐに着替えて父のサンダルで見に行く。
反対車線に先頭に旗後ろに文字Tシャツの人が10人ほど。
歩くのが速いのとサンダルが脱げそうでようやく追いついて見ると、宗教だった。
私の家の近くに某宗教の教会がありそこまで歩くらしい。
他県にいる友達が今その教会の主になるべく修行中だ。
反対側なのに男性が来て勧誘された。
歩くのが速すぎるのとスピーカーが早口で聞こえないのと旗が見えない。
さんざん職場でデモ活動を叩きこまれた身としてはダメである。
なーんだ、と家に帰ると足にマメが出来ていて1個つぶれていた。
明るい時間に外に出て風は気持ちいいし青空は綺麗だった。
実は小学生の「ただいまー!」の声で目が覚めた。何となく罪悪感。
寝直して起きるが恐ろしいほど身体がだるい。
安保法案のデモを国会前でしているがもはやイベントに見える。
廃案より国民投票を訴えてみてはどうかと思う。
国民に真意を問うべきだと思う。
しかしこの中で選挙に行ってない人はデモの資格はないと思う。
国民のたった一つの権利の投票に行かずデモには参加。ダメじゃん。
今日も夕飯後吐き気が止まらず胃薬を飲んだ。毎日数回胃薬。
あまりの身体のだるさに久々に栄養ドリンクを飲む。
浦沢先生の「漫勉」を金曜日は観ている。
漫画家さんも命削って描いているのだと巻き戻しながらじっくり観る。
最近強迫症状が強いのと映像を観ると解離するので時間がかかる。
宗教の友達にアニカフェに行ったのと列を見たよとメール。
返事が着てアニカフェ行きたい!と3回連呼していた。
友達は声優ヲタクなのでアニメヲタクの私とは微妙に違う。
私が大阪までアニカフェに行ったと勘違いしていた。
アニメイトは移転して駅前に来たが友達の県からは大阪が近い。
アクセスがないので日帰りは難しいので15年は会っていない。
明日はタブレ会社から電話があるがメールがまた届いてない。
「やっておいてくださいね」と言われたが何もしてないよ。
てかますます悪化しているのは何故!?
すごくPC側のリカバリしたがっていたので憂鬱だ。
旧PCも手つかず。
落ち着かない日々は続く。


9月19日(土)

睡眠不足で体調がボロボロ。隣の子供の騒音すごい。
タブレ会社からの電話を午後2時からと勘違いして早く目が覚めた。
午前11時に起きて3時間睡眠で悶々と考えていた。
電話を待つのは本当にしんどいので今回で終了したい。
どう説明すべきかパソコンを立ち上げたりタブレを見たりして考える。
一向に電話がかからない。実は16時以降だった。私のミス。
眩暈でふらつきながら庭の彼岸花を撮った。
風が吹くのでぶれてばかりで上手く獲れない。
もう少しというところで電話がかかってきてしまった。
タイミング悪い。撮影をあきらめるしかなかった。
毎回違う20代前半の男性と思われるが社内連絡が取れていない。
タブレの症状について全く違うことを言うのでまた最初から説明する。
メールが着てないので何もしていないことも訴えたが謝罪はなし。
指示されるままにリカバリしようとしたが画面が固まった。
アカウントの変更もできなかった。
そしてタブレを配送すればこちらでリカバリしますと言う。
費用は2万円以上かかりますと。買った方が絶対いい。
一時間以上かかったがあっさり引かれて終わった。
旧パソコンを電器屋に持って行きたかったがすでに父は飲酒。
毎日今日をがんばれば休めると思いながら生きている。
タブレはもうダメだ。
旧パソコンのデータを何とかしなければ。
新パソコンとタブレが同期されているようで新パソコンの表示もおかしい。
どんどん変な表示が出るようになってアタマがパンクしそうだ。
とことんこのパソコンは相性が悪いように思う…。
部屋にいると母が兄からだと子機をもってきた。
今日来ると言っていたのでそれかと思うと違う。
母は何も言わずに私に渡したようで兄の機嫌を大きく損ねた。
一応パソコンの不具合の説明をするが怒る怒る。
最後まで説明させてくれない。
怒った挙句、明日昼過ぎに行ってやると上目線。
わけがわからないまま母に子機を渡す。
兄はお墓参りにいつ行くか電話しただけだった。
明日来ても多分直らないような気がする…。
疲れて、本当に疲れて、最近死にたくなる。
一日でいいからゆっくり眠りたいが明日も無理そうだ。
毎日胃がギリギリ疼いて食べれば吐きそうになる。
検索しているが単語がわからないのでヒットしない。
もういやだ。


9月20日(日)

両親と兄は墓参。私はダウン。夜家族が揃い大変だった。
私はこの数年墓参しておらず今回は行きたかったが体調が無理だった。
昼過ぎに家族が戻り兄がパソコンを診てくれることになっていた。
昼に従兄弟家族が帰省しているようですさまじい騒音で目が覚めた。
もう小学生だろうに奇声を上げて走り回る。たまらない。
いつも座って広告の裏に絵ばかり描いていた私には理解しかねる。
昨日撮り損ねた彼岸花に再挑戦。
新しく咲いたのとへたれたのとで上手く撮れなかった。
強迫症状が出ているのであきらめてやめた。
寝直して起きると午後3時。居間に行くと両親と兄がお昼寝中。
起こすと怖いので台所へお茶を飲みに行くと母が来た。
今日は鍋将軍の父の希望ですき焼きらしい。
一気に憂鬱になった。
兄を起こしていいものか眺めていると罵声を上げて起きた。
「やかましい!!何か用でもあるのか!!」あるよ…。
旧パソコンんをネットに繋ぐことしかしないと言う。
あれ?新パソコンとタブレットは??
旧パソコンの無線接続で私と同じところで困っている。
ぶつぶつ文句を言い続ける兄。
「壊れているから無理だ」それは非常に困る。
傍にいると気が散るようなのですき焼きの支度中の台所へ。
うちは鍋物をすると盛大な家族喧嘩になるので大嫌いだ。
旧パソコンは兄が検索を駆使して繋ぐことができた。
ちょうど夕飯の時間なのですき焼きが始まった。
父は自分は一口も食べず他人に指示し好き放題に具を入れる。
食べていないので味がわからないのに追加で鍋の素を入れまくる。
そして煽るように酒を飲む。
煮えた場所に生肉を入れるので食べられず。
必ず言い争いが始まる。今日もそうだった。
でも聞かない人なので自分のしたいようにする。
皆が食べ終わった後で食べ始めじょじょに不機嫌になっていく。
家族はそれを呆れて見ているか、怒って見ているかだ。
その後で父の大好物のブドウが待っていた。
新パソコンとタブレを持って兄に見てもらう。
兄も初めて見る表示で驚いていた。
そこに父がさらに不機嫌になりながらブドウを食べようと言う。
美味しいブドウだが父は少し食べただけでパソコンでゲームを始めた。
完全にブチキレている。
兄にパソコンを任せ、部屋に少し戻っていると両親の喧嘩の声。
だから鍋物は特によくないのだ。
母もキレて台所にいた。
好きな物を好きなようにして何が不満なのだろう?と私。
純粋に謎だ。他人のことを一切考慮せず自分のしたいようにしたのに。
ブドウも好きなのは父だけで他の家族はあまり好きではない。
新パソコンとタブレと格闘する兄。
結果としてこれは仕様なのでどうしようもないらしい。
しかし邪魔だし今まで出ていなかった。
兄が帰った後、母が父は認知症だと言う。
ティッシュの箱を置いた場所を忘れて新しくするので現在5箱。
うちわが10枚以上。眼鏡無数。マスク何十枚と転がっている。
あれがないこれがないと言い、私のせいにする。
酒も呑みすぎ。夕食、夜、深夜と3回は呑む。
一日中怒っている。怒る材料に私を使う。
兄の毒舌で疲れた。容赦ない。
しかしネットは繋がったが開けないサイトが多数。
また途方に暮れる。
疲れた。明日も子供の騒音は続く。
安息は死ぬしかないと思う。
 

2015年9月1

 投稿者:ねざくら  投稿日:2017年 1月10日(火)03時59分33秒
  9月1日(火)

31日に電話してリセット。明け方タブレ出したら断線。1日一時的に繋がるが断線。1日は過労でダウン。
深夜コンビニで雨にあうも繋がらず出直しでコンビニに。1日深夜コンビニで水便。


9月2日(水)

2日電話。あちらで回線調整。夜には終わる。ダメならまた電話して。断線のまま。深夜コンビニへ。
膀胱炎まだ治らず。下痢止まらない。連日父の八つ当たり耐えかねる。体重減。
毎日心悩ますことが続き呪いのように。寝る前走馬灯の如く過去が蘇る。
一日でいい全て忘れて眠りたい。戻りたい。


9月3日(木)

3日断線のまま。電話。また回線調整するとパソコンで設定。繋がらずコンビニへ。遂に歩けなくなった。
病院へ。帰りスーパーに寄るが父キレる。アニメイトと言えず帰る。
何故か母もキレている。鬱病は私の自己責任だと唐突に。楽しみを探さないのは私が悪いと。
足が限界だがアニメイトに行こうとして台所で失神。両親は夕飯。倒れた私を一時間放置。
足が痛く立つのも困難で諦める。足は長引くと医者に言われた。膀胱炎の薬は強いので身体がだるくなる。
歯を早く治すように。歩けなくなっては病院にも行けない。夢で玄関で倒れて死んでウジがわく。
新しい身体をくれる女性についていく。清流の横の小路は花が咲き最高。みんなで並んで歩く夢を見た。
断線続く。起きたらまた電話せねば。頭痛酷い。足が痛い。ネット通販期限切れ。家出したい。
歩けないのでどこにも行けない。なくして初めてわかる。仕事、健康。愚か者。


9月4日(金)

断線続く。電話。モデム新しくして試すか光にと。回線がきてないらしい。モデム替えるとレンタル発生。
しかも今より低速で繋がらない可能性高い。Wi-Fiを置くと多分繋がるが高額。
もう一度本社から試すので3日待つように。ADSLがダメなので他社でも多分ダメ。
壁に穴開ける工事は困る。Wi-Fiしか…。あと軽く10日はネットできない。深夜コンビニでWi-Fiしていて思った。
丁度目の前のコンビニが改装終了した夜中から断線した。近所で強い回線を使う場所ができたのかもと言われた。
可能性があればコンビニ。私のタブレには使えないが無料Wi-Fiが。足疼く。
母は人が変わったように怒る。父はアル中。気分転換に外出したいが歩けない。明日も隣の子供が騒ぐのだろう。


9月5日(土)

5日。電話なし。疲労が限界。不眠なので眠剤倍にしたが隣の子供の騒音。
前の家の電話の着信音が延々鳴り(留守電にしとけ)起きる。食欲ない。
夜7時になり電話ないこと確認。隣がうるさくて眠れない。
多分モデムは使えないだろう。Wi-Fiにしても届くのに1週間以上。セットアップは私がするので気が遠くなる。
日時がわからないので毎日落ち着かない。明日は歯医者で数時間抜ける。歯医者も長引く。
Wi-Fiルーターしか選択肢なさそうだが契約変更面倒臭い。
今日久しぶりに一度もエアコン入れなかった。足が洒落にならない。これはストレスではなく病気。
内科も行くか迷う。膀胱炎がイマイチ。深夜Wi-Fiでコンビニに。ダウンロードできたりできなかったり。
メールは全然駄目。通販も駄目。憂鬱。父は明日朝からラジオ体操をするとはりきる。異常者。
去年は携帯で動画もメールもできた。ツイッタも3月で終了。新しい携帯買うかスマホかにしろだろうが迷惑。
タブレしててスマホ無理だと思う。ブログもパソコンのみになったので停止中。ネット社会の弊害だ。


9月6日(日)

電話なし。気になることがあると眠れない。明け方父が私の大学院があった県に行こうと誘う。
足を引きずり冷えピタを貼りアイスノンを持っている私に。笑顔で。
普通の人なら「具合悪いの?」だと思う。腹が立つ。呆れるとか驚きを通り越して怒りがわいてくる。
父は隣県にドライブに行き、母は2日から突如怒り始め絡むので会話ができない。
大雨の中Wi-Fi求めてコンビニに。家に戻り気になっていた蛍光灯を取り替えると天井から支えていた鎖が切れた。
設置したのは父なので見ると最初から鎖が1本足りないような。傾いてしまった電灯を応急措置で留める。
汗が床にボトボト落ちた。弱り目に祟り目。最低。


9月7日(月)

電話あり。断るもポート開放したいとのことWi-Fiルーターにしたいのに…。何日かかかるらしい。
歯医者をまた怒らせた。歯石を取るのに7回。その後でかぶせを作ると。
冬になる!かぶせも5回かかると。驚く私に何故かキレてきてまた嫌なら他の病院へどうぞと。
歯石なんて2回くらいなのに。私もブチキレそうだ。サプリ切れたので買いに。家に帰ると電話。
モデムや配線パソコンから。家中行ったり来たり。足痛いのに。約2時間。何度同じことを…。
兄が来ていてWi-Fiルーターはやめろだの他社の光回線の話を父と進めたり歯は疼くわイライラする。
何の知識もない父はわからないくせに話に入りかき回して怒る怒る。兄は無責任なので好きにしろと帰る。
ネット検索できないので情報がない。
足は疼いて目がさめる。治療法はなく安静に。深夜コンビニへ。家出してコンビニにたむろする気持ちがわかる。
電話待ちと通院と子供の騒音で休めない。父の八つ当たりもすでに虐待の域では?
認知症の家族に暴力振るう人の気持ちがわかる。


9月8日(火)

待ちきれず電話。今業者に依頼中で依頼が通れば電話する。回線の調整はその後。
そんな説明はなかったのでさすがに半ギレ状態で訴え、3回目のモデムのリセットをする。
今度は繋がった。理由はわからない。でも遅くなったように感じる。
不安定には変わりなくポート開放はしなければならないらしい。いつ断線するか怖い。
一応繋がっているが電源を落とすと断線しそうで怖い。親や兄は簡単に光にしろプロバイダ変えろと言う。
歯医者も同じく変えろと言うが無責任。医療ミスをしたわけでもないのに別の歯医者にどう説明すればいいのか。
それを問うと「自分で考えろ」。歯医者は変われないしネット接続もプロバイダ変えると大変なことになる。
それら全部が私に降りかかっている。体調が限界なのに精神的にも潰れた。
誰も助けてくれない。自分でするしかない。孤独。業者を呼べばすぐに直ると勘違いしている親からの罵倒。
疲れた。繋がったが速度は落ちた。今度断線したらルーターに変える。
父は罵詈雑言言い過ぎたので父の回線は抜いている。ネットできないと怒る。
誰かを攻撃したりいじめたりしなくても人間関係は成立する。
家族もそう。一人が困っていればみんなで励ますのが正しい姿。
それをよってたかってフルボッコにする親や兄に親愛の情を持てない。怖いだけ。
懐かない猫も同じ。そこにいるだけの存在。この家に生まれた不運を嘆く。


9月9日(水)

9日。電話はないが回線繋がっている。電話が気になるせいか眠れない。台風。
風邪ひいたようで咳と喉の痛み。整形へ。酷いらしく足の裏に注射。本当に痛かった。
待合室に誰もいないほど空いていたので多少早く終了。
台風の雨がやんだようなのでアニメイトカフェへ。コスプレ店員さん。
赤司席だった。赤司のジュース頼む。店内撮影可なので強迫的に撮影。
桜井君の誕生日なので店員さんと客5人「おめでとー!」と拍手し笑って自分が笑っていることに気づいた。
声をあげて笑うなどいつぶりだろう…少し凹んだ。
イベントもあり座席にある3種類のカードと店員さんのボールの色が同じならジュースの無料券がもらえる。
黄瀬だと勘がきたが赤司席なので赤司。結果は黄瀬だった。交流ノートを読んだり楽しそうな客を見て満足。
撮影ばかりだったのでできればもう一度行きたい。
父の送迎の制約なく足の痛みを我慢すればいいのでドラッグストアへ。特販日でないのが残念だが買う。
まだ寄れる店があったが風邪がしんどくて直帰。黒バス京都展の時もだが勇気出して行ってよかった。
物凄く久々に楽しかった。


9月10日(水)

10日。風邪。中途覚醒多く昼過ぎ起きる。母が今頃注文し福井県からシソジュース2本届く。
実に1年以上空のボトルを置いていた。夏飲みたかったのに今頃…。電話なく少し仮眠。
猫を風呂に入れる。だいぶ要領を得たと思う。ふかふかになった。
足はまだ痛い。睡眠不足と過労で口内炎や風邪やガタがきている。電話かかるかと思うと眠れない。
台風19号で鬼怒川決壊。流される家屋観るだけで憂鬱になる。
 

(無題)

 投稿者:ねざくら  投稿日:2015年 9月 9日(水)04時41分32秒
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辺境掲示板にいらしてくださりありがとうございます。

この2週間ネット接続ができず連日プロバイダと電話をしています。
今はネットが接続されていますがいつ落ちるかわかりません。
その時はプロバイダ変更などで元サイトが消えるかもしれません。
この掲示板は大丈夫ですが元サイトはプロバイダ契約のものなので…。

これからも回線調整するそうなのでまたネット環境がなくなるかもしれません。
毎晩タブレットを持ってコンビニの隅で最低限のネットをしています(泣)

回線問題が解決するまでしばらくかかりそうです。

急に秋が来て肌寒くなってきました。
みなさんお体おいといくださいますように。
 

8月4

 投稿者:ねざくら  投稿日:2015年 9月 9日(水)04時39分59秒
  8月24日(月)

膀胱炎の調子が悪い…。内科に行くか迷う…。
相変わらず尿に濁りがあり残尿感半端ない。不快でならない。
鏡を見ると顔が丸いような…。腎臓病の人やステロイドでなるムーンフェイス。
それは怖いので考えないようにしている。熱が下がらずぐったりしてきた。
今日は夜9時から24時間テレビのランナーDAIGO(だいご)の特番がある。
母はDAIGOのファンなので昨日も観た。母が嬉しそうに「9時からよね!」
と言っていたので一緒に観る約束をしていた。食間の薬の時間を計算しながら
なので眠くても起きなければならず余計に疲労が溜まる。結局昼過ぎから眠れず。
夜6時頃からパニック発作を数回起こして安定剤を飲んだ。しんどい眠たい…。
9時前に居間に行くと母がしばらくの間ニュースを観たいと言う。よくわからないが
こうのとりが宇宙で何かするらしい。そういうニュースは明日もあるだろうし、
特番が終わってからもニュースはあると思ったが母が観たい観たいと言う。
暑いので昨日と同じく携帯のワンセグで観ようと思ったが今日は受信できない。
いつもはよく電波が入る局なのに。慌てて地獄のような納戸のテレビを観に行く。
昼の熱気が残っていてサウナのような部屋だ。お陰で始めの部分を見逃した。
私もDAIGOは嫌いではないが、汗をだらだらかきながら何をしてるのだろう?
と思った。「母と観る(共通の話題)」のが目的だったのに母はニュースで、
特番を観ていない。発作も起こしながらがんばって起きて来たのに、虚しい。
始まって30分ほどで母が来て特番を観るからと呼ぶので行くと、ニュースは
途中でやめたらしい。母ではなく父が観たかったらしい。それでか……。
当の父は激怒してパソコンでゲームをし飲酒中。私が特番を観たがったのが
いけない、ということになっていた。うんざりしたのでCMで納戸に戻った。
母は「私はもう知らない!」と怒っている。エアコンも扇風機もない納戸で
ぼけ~っと特番を観た。お前のせいで、お前のせいで、何でも私のせいになる。
父の八つ当たりは一週間くらい前から顕著になり、今まで夜は居間でテレビを
観ていたのだが、音量を一切変えていないにも関わらず「うるさい」と言い始め
音量をギリギリまで絞ったのにまだ「うるさい」を連呼され母がイヤホンを
持って来た。それが始まりだったように思う。以来パソコンも今までより
10は音量を下げているのに文句。エアコンも寒いと文句。三部屋続きで
襖で仕切っているが開けて二部屋にしているので父の様子がパソコン越しに見える。
エアコンが寒いと半分閉めた襖のエアコンの風が入るところに移動して寝ている。
寒いと言いながら5分後には寝ていて寝ながら上半身をはだけ大の字になっている。
昨日も寒いと毛布を取りに来てくるまっていたがすぐにはだけてパジャマも脱いだ。
そして毎晩必ず一度くしゃみを連続でし、やってきて「寒いからだ」と小声で
言いながら液体風邪薬と風邪薬を飲む。だからエアコン28度最弱にしている。
試しに切ると「暑い、エアコンはついていないのか!?」とまた文句がくる。
パソコンで動画を観ていても「うるさい」と言いながらすぐに寝てしまう。
父は昼夜関係なく寝たい時に寝て起きたい時に起きているので夜も眠れないのだ。
今日はこうのとりが宇宙ステーションで何かする場面が観れなかったので八つ当たり。
母は本当は特番を観たかったのだが父に譲ったのだろう。父は人を煽り怒ってばかり。
私を見ると目を細め本当に汚物を見るかのような表情をする。そんな人を好きになる
人はいるだろうか?子供の頃は「教師の娘が~」、今は「民生の娘が~」だ。
無職で結婚せず孫がいない私に腹を立てている。それは身に沁みてわかっている。
結果として父は私を食卓からも居間からも追い出すことに成功した。
私のストレスが臨界点を超えた。何故居間に行っていたかというと、常時稼動
しているエアコンを休ませたいのと、ベッドの座が抜けたので座卓を置くのが
怖くなったのだ。今パソコンがぎりぎり置けるだけの座卓にしているがそれでも
部屋を移動する時は座卓をまたぐ。その時に足を置く場所が座の抜けた所なのだ。
しかしドアの側なのでここしか足を置けない。お茶を作ったり飲んだりトイレに
行ったりと常にここに圧力をかけるので怖くて仕方がない。その負担軽減に居間に
行っていたのだが、ここまで嫌がらせが激しくては私の神経が限界に達した。
私が父のせいでボロボロになっていても父は何とも思わないし感じない。
認知症の攻撃性が前面に出てきたなと思う。一日中怒っている。もしくは絡む。
その上酒乱なので無茶苦茶だ。しかし居間が使えなくなったのは痛い。
多分イヤホンを着けてもエアコンが寒いとかごそごそするのがうるさいとか
いくらでも文句をつけてくるだろう。それに神経が耐えられない…。
尿の具合は一向に良くなる気配がない。前の薬の方がよかっただろうか。
明日の歯医者は4時半予約だが薬の関係で昼過ぎには起きる。疲労が取れない。
明後日は一応整形の予定。明日、明後日と台風が来るので憂鬱だ。
先日電話をかけた今治タオルが届いた。クリーニングして送ってくれた。
丁寧な手紙があった。もふもふ感はあるが糸が大量に飛び出していて切った。
切っていいのかと迷ったが10センチも出ていたら邪魔だし。もふもふ…。
今日はこれを使って寝てみよう。尿意で目が覚めると嫌だな…。
木曜日は大抵の病院が休みなので内科に行くなら水曜日か。欝だ。


8月25日(火)

歯医者の日。薬の時間が食間なので睡眠が途切れて疲労感激しい。
食後の薬なら楽なのだが食間なので面倒くさい。そしてあまり効かない。
食間の薬がなければそのまま眠れるのだが一度起きて飲むので睡眠がおかしい。
台風が来ているので暴風雨だったが夕方収まり、その時に歯医者に行った。
今日行くと前回歯の神経は全部取ったと言っていたのに凄く痛い。何故だ?
目の上にタオルをしているので私の表情は医者には見えない。前回も、痛いなら
痛いと言ってくれないとどんどん進めてしまいますよ!と言われたが削っているのに
しゃべれないしどうしようと思っていて、ああ左手を挙げればいいのだと気付き、
左手を挙げまくった。今日も。すると神経がまだ少し取りきれていなくて残っている
と言われた。おい。そこで神経を弱らせる薬を入れて次回神経を取りましょうと言う。
今日は痛いから無理でしょう、と言われて、なるべく早く終わらせたいのでできれば
今日お願いしますと頼む。と、(痛いのを)がんばらないと終わらないけれどいい?
(私さん)ががんばって神経取るのでやりまーす!とスタッフに聞こえるように大声。
プライバシー保持のため仕切りがあるのでわからないが多分3部屋あると思う。
医者は15分程度で終わらせて他の2部屋に行くつもりだったのだと思うが、
私が神経を取る治療をするせいで他の2人の患者さんの治療が遅れるというような?
また神経に直接麻酔をして痛かったが神経は取れたらしい。今日は最初に抗生物質が
欲しくて尋ねたのが多分医者の機嫌を損ねた。膀胱炎に効くので欲しかったのだが。
私がいつも行く歯医者は最初の治療の時に炎症を抑えるために抗生物質をくれる。
ここは歯茎が穴だらけになり口が血塗れになるほど麻酔注射をしたのにくれなかった。
軽~く、できれば欲しいのですが…。と言うと医者の顔色が変わり、抗生物質を
どこの病院でもらったのかとしつこく訊かれる。それはちょっと…、とかわすと、
近所の病院の歯医者の集まりがあるのでどうして抗生物質を出したのか尋ねたいと
恐ろしいことを言い出した。抗生物質を出す必要があったのかどうか知りたい、
もしそれがいいことなのなら自分もどんどん取り入れていきたい、だから教えろと。
怖い人だと思った。だから余計言えなかった。そして自分は抗生物質を出さないのが
ポリシー。その自分のやり方を理解していただけないなら抗生物質を出す懇意の
お医者さんのところへどうぞ。今日はここまでです。と言われて呆気に取られた。
2児の父とHPにあったが30代くらいの若い開院したての医者だからか。
とにかく威圧的。HPには患者さんと常に相談しながら「怖い」というイメージを
なくした新しい歯医者としてやっていきたいとあったが、肝心の医者が一番怖い。
治療が終わった後、歯科助手かの女性が来たので、早く終わらせたいというのは
他に通院している病院との時間や曜日の兼ね合いがあるからで、気を悪くされて
いないでしょうかとやむなく下手に出た。雑な治療をされては困る。女性は
先生に言っておきますねと笑顔。そして歯周病検査。重度なのは承知しているが
歯石取りに7回も通うとかありえない。治療7回、歯石7回。3ヵ月かかるが
こちらも引かない。歯石があるといかによくないかを語る。わかってるが長過ぎる。
前の病院だったら2回ですんだのに…。金曜に予約を入れようと思ったら受付で
歯に入れた薬は4日はおかないといけないので来週と言われ月曜日に。長引くな。
治療前に女性に尋ねられたので気分が悪くなったことを話したがスルーされたようだ。
外に出ると雨がポツポツ降っていた。道路を渡れば大きなスーパーがあるのだが
寄るのをやめて家に帰る。ほどなく暴風雨になった。肩がひどくこっている。
新しい歯医者を薦めたのは母なので、ごめんと謝っていた。疲れたので横になる。
でも2時間したら薬の時間。少し寝たと思ったらアラームが鳴ったので薬を飲む。
薬さえなければ4時間くらい寝たのに。眠くて眠くて疲れてぐったりしている。
木曜日が休みのため明日整形に行くのでまた睡眠が中断される。薬が邪魔だ。
早く治して解放されたい。この上内科までだと精神がもたない。早く治れ。
昼夜逆転は不便だとしみじみと思った。今日は猫が部屋のドアから侵入していて
ピアノの上にいたがあちこちの物(鉱物)を滅茶苦茶にしていた。泣ける。
夕飯を食べている間部屋のドアを開けていたのでその間に入ったらしい。
父は私と母が話しているとヤキモチを妬いて不機嫌になり嫌がらせを始める。
それでいて父と母と私といても何もしないし喋らない。おかしな空気が流れている。
夜台所で母と歯医者の話をしているとやってきてカルピスを作ると言い始めた。
原液をコップ半分も入れて水がないと騒ぎ居間へ行き、濃すぎて飲めないと言う。
その間に母は会話の内容を忘れるし、父のいる居間へ行ってしまう。
少し外に出ると台風の強い風が吹き荒れ、適度に涼しかった。
うるさい攻撃で追い出されたので部屋にいるが何もかも嫌になる。


8月26日(水)

仕事していないのに上手く時間のやりくりができなくてイライラする。
食間の薬は今日なくなった。まだ残尿感があるしどうにも気持ち悪いのだが。
飲まなくなったらまた酷くなるのだろうか。憂鬱この上ない。下腹が重い。
金曜に歯医者と思っていたのが来週月曜午前予約になり大幅に予定が狂った。
薬が胃に吸収されるまでは物を食べない方がいいらしいので一時間後にアラーム。
爆睡しているとアラームで起きる。が、起き抜けに物を食べると胃にくるので
またしばらく時間を待つ。そして食べて着替えてと3時間はかかる。
起きると頭痛が酷くてどうしようか迷ったが整形へ。抗生物質の話を振り、
先生が教えてくれた。抗生物質もどの症状に効くかと細かくあるらしい。
やたら飲むと耐性が付いて効かなくなるらしい。なのでできるだけ飲まない
ほうがいいらしい。私の場合は内科系なので整形の薬は合わないだろう、と。
こんな風にわかりやすく話してくれると抗生物質を処方する難しさがわかる。
医者があまり使いたがらない理由がわかった。歯医者とは真逆の先生だと思う。
お礼を言った帰り際「薬を出せなくてごめんね」と。いえいえこちらこそ…。
外に出ると台風一過で涼しい風が吹いていて頭痛は酷く下腹部もアレだったが、
今日アニメイトから注文の品が届いたと連絡があったので行ってみようかと
思ったのが激しく間違いだった。駅の前に一本道路があり片方がヨーカ堂や
イオン側、片方は証券会社などでヨーカ堂側は人が多く混むので反対側を
行った。するとあちこちにパトカーと警官の山。そのすぐ横を通るので
気分が悪くなった。何かと思うと安保法案反対のデモ行進で、こちら側だった。
ヨーカ堂側を通るのだったと心底後悔した。アニメイトは「黒子のバスケ」の
コーナーが移動していてしばらく迷った。9月からアニメイトカフェで
するのだが行く人がいないし、独りで行くには激しく孤独な場所だと思う。
アンソロ本が出ていたので注文品と一緒に買った。背中は滝汗で濡れている。
今度はおとなしく帰ろうとのろのろ帰りヨーカ堂の裏道から家の前の信号に
出ようとヨーカ堂側に行くと、最近超高確率でヨーカ堂の角にパトカーがいる。
これが死角になっていてそこを通らなければならないので視界に入る。
ヨーカ堂は正面入口ではなく横の入口を利用しているので困っている。
OS-1が切れてきたので寄ろうかと思ったが萎えた。いつもの道から帰る。
と、また交差点にパトカー。どうなっているんだ今日は。気分が悪い。
私が卒業して地元に戻って来た時、さして親しくもなかった元友達がいる。
彼女は毎週土曜日に美味しい物を求め私とランチやケーキや小旅行をした。
およそ5年間。お互い車がなかったので電車や自転車であちこちに行った。
彼女はずっと体型を理由にいじめられていたが同じクラスになったことはない。
ただ道路を挟んで直線距離で50メートルほどの場所で自営業をしている。
存在は知っていたが帰郷と同時にこんなに親密になるとは思わなかった。
マイボトルを私の部屋に置き、酒に強く、平日の10時でも会社の愚痴を言いに
飲みにきていた。それでも私には大事な友達だった。一番の友達だと言って
くれていたのを阿呆のように信じていた。そして彼女は最初から合格が
約束されていた試験を受け公務員になった。私はまだ教採に受からず焦って
いたせいか「ごめんね」と謝られたが、素直に嬉しかったので謎だった。
その日から彼女は土曜日に来なくなった。その代わりのように元友人が
土曜日に来るようになった。元友人もいじめられっこ。いじめで大学を中退して
専門学校に行った。元友人は車持ちだったので本当に私の思い出の半分は
共有していると思う。そんな中元友達の父上が朝起きると亡くなっていたと
噂に聞いた。何故一番の友達の私に教えてくれなかったのか?情けなかった。
死後一週間後くらいに知り、電話をすると「かけてこないで」と切られた。
その元友達の叔母の家が私の家の塀越しにあり部屋からよく見える。
彼女と母上と叔母さんの三人で二日と明けず過ごしている。だから元友達も
ずっと私の部屋から数メートルの場所にいるのだ。この叔母さんが超噂好き。
近所でも有名な人だ。ある土曜日アポなしで元友達が来た。電話を拒否
されたのに今頃なんでだろう?と思った。いつもなら部屋に上げるのだが、
今は元友人が来ている。なので玄関に座っていた。元友人は私の部屋で
仮眠を摂るのが日課になっていた。一応起こして「出てこないで」と言った。
元友達は私が今何をしているのかさかんに知りたがっていた。仕事してたけど。
そして職場の愚痴を言い、部屋に上げろとうるさい。元友達と元友人があまり
仲良くないので会わせたくなかったのだ。ところが元友人がドアを開けた。
ドアの前には私と元友達…。「あの車は(元友人)さんのだったのか!」
と元友達が言った。毎週泊まっている車の主が気になったのだろうか。
即座に元友達は帰った。私は呆気に取られていた。元友達は何をしたかったのか。
そして交番事件が起きる。元友達が私の進退を探っているのは隣りの叔母がまた
噂好きなので母から聞いた。無職だよ。病気だよ。情報は行っていると思うが。
交番事件の時、隣りの叔父叔母、元友達の叔母さんもいた。バレたのだ…。
鬱病で自殺未遂をしたことが。絶対に元友達も知っているし同窓会でも何か
言われたかもしれない。今日その元友達の家の前を仕方なく通って帰った。
運の悪いことに母上がシャッターを閉めるところでバッチリ目が合った。
人の顔を憶えるのが仕事のような職業なので太っていてもバレたと思う…。
私が昼夜逆転しているのは隣りから部屋の灯りが一晩中点いているけど
どうして?というような会話があったと叔母が母に言ったらしい。
うちは平屋だが隣りは2階建てで2階からよくじっとうちの庭を見る姿が
見える。一度も見せたことがない猫の毛色まで知っていた。だから母は
窓を閉めるように言うのだが父が網戸で全開にするので部屋の中まで見えて
いると思う。今度は私が太って巨漢になってもしかしたら仕事帰りかも
知れないとか、でも夜中電灯が点いているから、とか言っているかもしれない。
通るのではなかった。今日は運がなかった。とがっくりして家に戻った。
つられて元友達のことも思い出して辛くなった。教採と公務員試験は内容が
かぶっている部分も多いので参考書を貸したり勉強を見てあげたのに…。
家に戻り横になる。疲れた…。尿の具合はまだ完全ではなく違和感がある。
とにかく薬に中断されずに眠りたい。土日は隣りに子供が来てお泊りだろう。
明後日金曜が母の誕生日。明日休むとすれば金曜しか空いていない。
特に買う物もないがハンズの年に一度のバーゲンがあり来週月曜を考えた。
が、月曜に歯医者が入ってしまった。消去法だと行くなら金曜日が望ましいが、
母と二人で出かけると父の怒りが半端なくて恐ろしい。どうして?と思うほど
今日もだが独りで拗ねて怒りを顕わにし絡んでくる。認知症の進行だろうか。
ひどく疲れたが膀胱炎が治らなければ金曜日に病院に行くかもしれないので
金曜日は潰れる。体力的に連続の外出はツライ。歯医者に行くと痩せる気が
するほど疲れる。元友達は技術職でその部署初の女性職員。男女平等の
ために採用したとも言える。当然だが女性職員を役職につけなければならない。
そろそろ係長くらいにはなっているだろうか。同じ時間を共にしてきた
はずなのに、私独りが暗い場所にいるように感じる。学歴なんて関係なかった。
兄妹とも近所とも親戚とも関わりを持てず、友達は去り、人と出会う機会もなく。
財産もなく、アタマに見えない爆弾を抱え、先の見えない黄泉路を歩くような。
歯医者に膀胱炎に足底腱膜炎とよくわからない病気に次々かかり苦しむ。
母の認知症も少しずつ進んでいる。ああ、疲れた。本当に疲れたなあ…。


8月27日(木)

薬がなくなったので元の薬に戻した。相変わらず不調。
「今日は何もないので一日寝るぞ!」と宣言していたが昼過ぎに目覚める。
食間の薬を飲む時間に起きる癖がついてしまった。下腹が気持ち悪いので飲む。
また眠れなくなったが静養と思い目を閉じて横になる。下腹部の不快感が気になる。
次の食間があるので昼食を摂らねばと起きる。実はこの薬もあと2回分しかない。
母が買い物に出る時に買って来て欲しいとメモしていたのだがすっかり忘れている。
いつもこの薬なのだが母が違う物がいいのでは?と買って来てくれた際に薬剤師さんに
いつもの薬はどこにでもあると言われたからすぐ手に入ると何度も言っていた。
なら近所の薬局にあると思うが母が突如パニックになり、どの薬局に行けばあるのか
わからないと言い始める。そして少し遠方のドラッグストアへ行くと言うが…。
一番近いのはヨーカ堂の中の薬局なので電話で訊くとあると言われたので伝えた。
とにかく少しまとまった睡眠を摂らないと明日もたないので眠剤を入れて寝た。
爆睡していると母に起こされた。猫の番組があるそうだ。夢うつつで起きる。
2時間も眠っていない…。ツイてない。その猫はハチちゃんでハチの字の眉毛の
ような毛の模様をしていて末広がりの幸運をもたらす猫だと結構有名猫だ。
確かにこの番組は観たい。だが運が悪い。眠れなくなってしまった(涙)。
早く治したいので睡眠を中断させ食事を摂りの睡眠バラバラ生活なので疲れる。
その上歯医者が入ったので時間調整が上手くいかなくて疲労困憊である。
なるべく水分を摂ってトイレに行ったほうがいいので起きれば水分を摂る。
さすがに近所の感じ悪い内科に行こうかと思ったが木曜日は休診日。
歯医者がストレスの大きな原因なのでいろいろ考えて欝々してしまう…。
腎臓とも関係があるのか常に熱っぽいが薬だらけになるので解熱剤は我慢。
アタマの中はしんどい、苦しい、しんどい、苦しい、のエンドレス状態。
明日は母の誕生日とハンズのバーゲンなので母とイオンに行って夕飯を食べる。
これも運がなくハンズのバーゲンがなければイオンには行かないだろう。
別にハンズにこだわっているわけではないし買う物も特にないが約束なので。
あと明日が金曜なのも運がない。ハンズに行けば内科には行けない。
土曜日に内科に行けば徹夜。歯医者があるので日曜日の徹夜は決定事項。
つまり休める日がほとんどない。私にできることは薬を飲んでお茶を飲むこと。
水便も気になる。突如起きるので明日大丈夫かはらはらしている。
行事にうるさい家なので本来なら明日は家族全員で母の誕生日を祝うのだが、
私が母を連れ出す?ことになっているので父は家で独りになってしまう。
だが5分と待てない父を買い物に連れて行くのは無理。先日もう一つのイオンに
行った時、私は実に3年ぶりだったのであちこち見たかったが父がベンチに
腰掛けて「ここで待つ。早くしろ」と言うのでほとんど見れなかったし疲れた。
母も仕方なく父と腰掛けている。そして携帯にがんがん電話がかかる。
ここでしかできない天然石のストラップの編み直しをしているので時間がかかる。
その間に私は早足で店内を見ていたのだがそれすら待てない。途中でベンチから
20メートルほどのところに和の店がありお箸やお猪口など食器類があったので
そこに行ってみたら?と言ったが鬼の形相で行かないと言う。結局帰り道に
なったのでその店に寄ると食い入るように食器や小物を眺めてお箸を買っていた。
すごく待たされた。絶対気に入るお店だと思ったのだ。意地になっている。
そんな人をイオンに連れて行くわけにはいかず、行きたくない待つのは嫌だと
言うので母が付いて行くと言ったのだ。母が付いてくるのは想定外で、驚いた。
母は浪費家の私と違いドケチなので「いいなあ~」とじーっと眺めていても
よほどのことがないと買わない。「こういうの欲しかったのよ~」でも買わない。
母はいかにお金を遣わなかったかというのが楽しいとよく言う。小銭持ちである。
私とは真逆なので例えば千円のパジャマと五百円のパジャマがあれば迷わず後者。
色柄はよほど派手でない限り絶対に安いほうを買う。1円でも安いほうを。
なのにポイント収集は興味がないらしく期限切れでポイント失効してしまうが
気にしない。安いスーパーに行っても必要以上の物は買わない。同じ物でも
行った店が定価なら定価で買う。私は特販日を狙って買いだめをする。
来店ポイントも収集。高くても気に入ったほうを買う。母には理解できない世界。
サプリなどは大瓶を買って小瓶に小分けにする。母は小瓶を毎月買うタイプ。
父は浪費家。毎日どんな小さな物でもいいから買いたい人。私でも買わない
ような高価な物でも買ってしまう。母は安服。父は結構いい服を着ている。
それでも父が破綻しないのは母が家計簿を握っているからだ。母がやりくり
するので貯蓄はできなくても借金にはなっていない。いいコンビだと思う。
明日、母とイオンへ行けば私はあれこれ悩み母を待たせイライラさせる。
近所なのに行きづらいのでここぞとばかりに。夕飯は誕生日なので私がおごる。
母を見て「買えばいいのに…」を何十回。母は私に「それ必要なの?」を何十回。
まあ膀胱炎次第では内科行きになりイオンは行けなくなるけれど。
水分を摂って菌を流すしかないのでお茶を飲んでいる。運がない。
今日休めなかったのが激痛だ。下手すれば明日徹夜…。運がない。


8月28日(金)

母79歳の誕生日。ゆっくり祝うつもりが波乱万丈の一日となった。
まず私が携帯のアラーム設定に失敗したのか自分で止めたのか寝坊した。
昼に目が覚めたがまだ早いので爆睡していて起きると予定より一時間遅かった。
慌てて食間の薬を飲み支度をし軽く食べて裏道からイオンへ行った。
3月に母が自転車で転倒骨折した場所の近くを通るので母は嫌そうだった。
夕方イオンに到着。今日は母の見たい物を見て和んでもらおうとついて歩く。
この地域最大級なので私も全部は見ていないが少しは雑貨屋の場所がわかる。
やはり母は生活に密着した家事系の物を眺めていた。食器やタワシなど。
母は繕い物をよくするので針山と小さい箒(ほうき)を選んだ。
今もハンディ箒を使っているがボロボロになってきたので探していたらしい。
母はこれとちり取りを持って毎日部屋の隅を掃除している。お茶碗やお箸など
いろいろ目に留まるようだが置き場所がないからいらないと言う。
和の店系をいくつか回っていると母が「テレビ中継を見たい」とたまに言う。
イオンにはテレビ局が入っていてガラス越しにアナウンサーが見れることがある。
時間的に放送しているかどうかと思ったが夜のニュースの時間に行ってみた。
するとオンエア中だったので母感動。くいいるように見ている。よかったね。
私も別のテレビ局でパートをしていたのだが随分違うなあと思った。
15年前の話だし。「懐かしいでしょ」と言われたがパート全員解雇された
ブラック局だったので懐かしくはない。母が満足したのでハンズに行く。
母はここでも台所用品を探していたので付き合う。面白い、いいな、と言いつつ
使う気はないらしい。自分の欲しい物を探せばいいのに、と思いつつ歩く。
途中膀胱炎の予兆があったのでトイレに行き薬を飲む。もう少しもって欲しい。
戻ってまた母と台所用品を眺める。母が欲しかった計量カップは丁度いい物が
なかったので潔く諦める。他の物には目もくれず、もういいと母が言うので、
じゃあちょっと文房具見てくるねと言って母と別れた。マスキングテープに
ハマっているので眺める。買っても使う場がないので眺めるだけだが楽しい。
閉店まであと45分なので急ぐ。ハンズ以外のお店にも行きたいし。
でも店員さんが「メッセは未来ホールで開催中です」と言っているのが気になる。
未来ホールは上の階だったような…。店員さんに訊くとチラシ商品は上らしい。
せっかくなら行かなければと母を探すといた。母の買い物は身体を洗う布と
キッチン小物。私は三角フラスコと友達の誕生日用と自分用の身体を洗う布。
会計をしながら安いなと思った。あと20分ほどなので母と上の階に行く。
地図を見て本屋に入ると本屋の中に未来ホールがあった。ややこしすぎる。
ざっと歩いたが特に欲しい物はなく閉店。上の階に上がり夕飯のお店を探す。
母に何が食べたいか決めておいて、と言っていたがやはり決めておらず。
初めてのお店に行きピザとパスタを注文して二人で分けた。お客はいない。
店員二人が知り合いと思われる女性と入口で延々雑談をしている。
入りづらいよな…。この店潰れるのでは?と母と小声で喋りつつ食べた。
美味しかったがお店の雰囲気が残念だった。会計は高いと思った。
閉店なので後は帰るだけなので使いにくい駐輪場から自転車を出した。
地下は時間制限なしだが地上は3時間までなので初めて地下に停めた。
入庫も出庫も本当に使いにくい。ようやく地上に出てほっとした。
来た道を帰るだけなので母が「先に帰ってくれていいから」と言う。
自分はのろのろと帰るからと。これを真に受けなくて本当によかった。
進み出して10メートルも行った頃後ろで大きな音と声が聞こえた。
振り返るが暗くてわからない。母がいない。よく見ると車道に自転車が。
母が歩道の段差から車道に落ちて自転車の下敷きになっていた。
また骨折!?脳梗塞!?パニックになりながら大急ぎで引き返した。
すぐに自転車を持ち上げ母を起こす。骨折はしていないようだが…。
何で落ちたのだろう?歩道は通常より広いし人はいないし一体…。
母は3月に左手骨折した時もこうだったと言う。あれは昼だった。
どうして20センチほどの段差のある車道に落ちたのか本人もわからない。
急いで帰らなくてよかったと心底思った。車に接触するかもしれないし、
自力で這い出すのは無理な体勢だった。ゆっくりと家に帰った。
父がケーキを買っていたのは知っていたがまだお腹がいいので断った。
それが父を怒らせた。しかし母も私もお腹一杯だったので入らない。
母はまた左半身を怪我していて膝と肘に擦り傷を作っていたので消毒。
膝は相当擦っているので明日内出血になること確実。かわいそうに…。
結局プレゼントらしい物も買わなかったし(実用的ではあるが)。
私は多少マシになったもののまだ膀胱炎の調子がイマイチで困っている。
土曜日は病院が午前だけ。日曜は休み。月曜は徹夜で歯医者。
今回は本当に長引いている。明日行けば薬が出て楽になるだろうが…。
母が心配なので居間でパソコンをしているがお腹の具合が悪いらしい。
食べすぎたらしい。いろいろ気の毒だ。私も疲れていて寝落ちしていた。
お風呂で早速使ってみたが泡立つ泡立つ。シュシュの形なので手を入れて
身体を洗える。これは便利。左手が使えない友達にいいかと思って。
これならいいと思う。母の自転車恐怖症がまた酷くなっただろうな。
明日どうするか考えなければ。母は大丈夫だろうか…。


8月29日(土)

今日は休めると思ったが膀胱炎の具合が悪く中途覚醒ばかりだった。
頻尿というか寝ていてもトイレで目が覚める。隣りは子供が来ていて運動会。
雨がじとじと降っていた。父は隣県の観光地に一人旅に行っていて留守だった。
母は疲れて寝ていたらしい。残尿感もあるしもうそろそろ病院行きかな…。
母は左半身の打ち身で太ももの辺りが痛いそうだが頭は打ってないようだ。
昨日一番怖かったのが頭だったので心配した。じわじわ出血していないかと。
母は不調を口にしない人なので他にも打撲しているかもしれないが…。
連日まとまった睡眠が摂れないのでバテた。月曜日の歯医者が一番困る。
内科を優先すれば歯医者は予約取り直し。今回いつもの膀胱炎の薬ではなく
別の薬を試したので長引いた気もする。買って来た母が責任を感じている。
いつもはこの薬で一週間もすれば治るのだが。こじらせた気がする。
今日はさすがに不調なので横になってぐだぐだしている。明日は徹夜。
サイトを検索していていつもの総合病院は今月初旬に全部署移転していた。
内科の一部が残るという噂もあったのだが。同じ場所に休日専門の外来がある。
この前点滴を打ったところだ。ちょっと遠いのと雨が…。歯医者が邪魔だ。
思考停止している。母は昨日楽しかったと嬉しそう。よかった。


8月30日(日)

膀胱炎の具合が悪く、悪化したので休日専用外来へ行った。
昼夜逆転の父が夜中に難癖をつけて八つ当たりするのだが今日もそうだった。
エアコンも切っているのに寒い寒いと怒ってくる。挙句起きてネットを始めた。
そして事件は起きた。ネット回線が切れた。父が使い始めるまでは正常だった。
父のパソコンは何故?と思うほどよくわからないソフトのインストール表示が出る。
父は悲しいまでの機械音痴なので「はい」を押してインストールしてしまう。
エラーが出るとあちこちのボタンを押しまくりパソコンが固まってしまう。
今回も多分何か入れるかエラー表示であちこちいじったのは間違いない。
共通回線を使っているので私のパソコンも落ちた。ヘルプを見たりモデムや
ルーターをリセットしたりと一晩中格闘。でも直らなかった。くったくたに疲れた。
このせいだと思うが膀胱炎が悪化した。ネットは寝て起きると何故か繋がっていた。
寝たのが昼前だったのでもう少し寝たかったので寝たがトイレで目が覚める。
そのたびに悪化している。もう排尿痛になった。熱もある。残尿感もひどい。
ここまでか…と覚悟を決めた。明日は歯医者があるし雨なので内科と両方は無理。
父は酒を呑んでいる。母は自転車恐怖症なので歩くというが歩ける距離だが遠い。
というか私自身に歩く力が残っていなかったので自分で自転車で行った。夜間受付。
ここは市の医師団体が交代で日祝だけしている内科。担当は初老の女医先生だった。
検尿で尿を出すとしみるように疼いて今までにない残尿感があり呼ばれたのに
トイレにいる始末だった。出ないのに強烈な排尿感がありマジでヤバイと思った。
白血球多めと潜血が出た。膀胱炎だろうからと薬をもらった。お願いして少し
多めにもらってきた。3日飲んで効果がなければ他の薬に変えるので内科に
行くように言われた。その後も会計前にトイレに行き一滴も出なくて苦しんだ。
家に帰ったのは夜10時。薬剤師さんにすぐに飲むよう言われているので飲む。
こんなになる前に行けばよかったと後悔した。でも女医先生でよかった。
睡眠不足とパソコン修理の過労と膀胱炎と自律神経失調症でぐったりした。
明日の歯医者も死ぬほど憂鬱だ。パソコンを直してもらおうと昼両親が兄の
家に行ったらしい。するとヘルペスに罹っていると思われる兄がいて寝込んでいた。
一番痛い時期は過ぎたと言い病院に行く気はなく、パソコンを直す気もないそうだ。
兄の職場には医者がいるのでいつでも行けるのに。その後夕方起きた時には
ネットが繋がっていたのでさっぱりだ。私はパソコンはわからない。
下腹部が重く食欲もなく首の後ろに大量の汗が出る。3日…。憂鬱だ。


8月31日(月)

歯医者が昼前なので徹夜覚悟だったがまたネット絡みで振り回された。
一晩徹夜は覚悟だったのでアニメイトでもらった電子書籍のクーポンで漫画を買った。
「フルーツバスケット」(高屋奈月)の23巻。完結巻なので迷ったがそれにした。
10年以上前にアニメ化されていてハマった。連載中だったので途中で終わったような。
初めての電子書籍なのでおろおろしながら読んだ。途中経過を読んでいないので
ネタバレが激しかったがベストセラーになる理由がわかる。少し涙が出た。
身体を起こしているのがしんどくなったのと父の嫌がらせが激しいのでタブレットを
出して寝転んだ。電源を入れた途端、ネット接続が切れた。昨夜と同じである。
慌てて昨夜と同じ作業を繰り返したが接続は大丈夫なのに繋がらない。のべ7時間。
ルーター類は玄関にあるので玄関と居間を行ったり来たり。合間に父の八つ当たり。
元はと言えば父のせいで回線が不安定になったのかもしれないのにとイラつく。
昔から疲れると奥歯の歯茎が腫れるのだが右上の歯茎がぶよぶよに腫れて痛い。
歯医者に行く直前までがんばったがダメだった。膀胱炎の具合もイマイチ。
時間が来たので歯医者に行く。歯石取りと同時進行と言われていたのに治療だけ。
しかもまだ神経が残っていたとかで神経の薬を入れる。本来なら一回目で終わるはず。
二回目からかぶせを作ったりするのに三回目でまだ神経。しかも進行状況の把握にと
レントゲンを撮る。右上の腫れは何を思ったか抗生物質を出さないのがポリシーな
医者なのに、出す時は出しますよと出された。毎回会計が3千円超えって高い。
今週は病院もあるし膀胱炎いかんによっては内科があるので来週の予約にした。
抗生物質の件といい、レントゲンといい、ぼったくり感半端ない感じだ。
昼過ぎ家に帰るとまたネットが復活していた。心底休みたかったが本当に困るので
サポートセンターに電話をし1時間ほどルーターやモデムをセットアップした。
これで数日様子を見てダメなら別の方法を教えてくれるらしい。もう夕方…。
倒れるように寝たがトイレで目が覚める。随分マシになったが調子が悪い。
起きる気力もなく天井を眺めていた。身体が全然動いてくれない…。
思ったのは私の本当に欲しかったものはなかったのだと。欲しかったのは家族。
父と母と気難しい兄に好かれるために払った代償は大きすぎた。
でも手に入らなかった。そもそも「なかった」のかもしれないと。
私が膀胱炎で病院に行くかもしれないのに酒を呑む父。八つ当たりする父。
こうして夜間外来から帰ってさえもただの一度も何も尋ねないし言わない。
普通の家族なら「どんな具合だ?」くらいあるだろうに。一度たりとなかった。
昨日猫が変なしゃっくりのような状態になった。父は飛んで行き猫を介抱していた。
すぐにおさまったのでしゃっくりだと思う。その時実の娘は病院から帰った直後。
愛情がないわけではない。それが私という人間に向けられないというだけで。
父の中で私は猫にも劣る。母は腹芸を使うので真に受けてはいけない。
「うれしい」と言っていても日記には真逆の悪口が書かれているのだから。
兄は言うまでもなく変人。アスペ。私の人生とは家族で始まり家族で終わる。
父は服装がだらしなくなり車徘徊も激しい。今日も5回も雨の中外出している。
なら大雨の中歯医者に行く娘を乗せて行ってもいいのでは?と思う。
薬の時間の関係で居間で遅い夕飯を食べていると何度も呼び出される。
また何かをインストールしようとしている。いくらするなと言ってもする。
それより顔の半分を腫らせて明らかに疲労でぐったりしている私に気付かない。
昼夜逆転なので日付が変わっても起きていて、私の前でくしゃみをしたり、
寒い寒いとアピールするがエアコンは28度の風量最弱。湿気取りにつけている。
何度もエアコンのリモコンを確認しては嫌そうな顔で私を見るので消した。
そして部屋に来た。どうせこれから暑くて寝ながら上半身を脱いでしまうのに。
次は明け方冷えて風邪を引いたと騒ぐのだ。私がエアコンをつけているせいでと。
でも私はいない。さて誰のせいにするのやら。父の認知症が進行している。
8月が終わった。今年の夏もどこにも行かなかった。
最近私は長くはないのではないかと思うことが増えた。
 

8月3

 投稿者:ねざくら  投稿日:2015年 9月 9日(水)04時38分37秒
  8月17日(月)

今日は睡眠に関してはよかったが、夜両親と喧嘩をした。
珍しく、それほど暑い寒いを感じず眠ることができた。今日は雨だった。
最近昼食の食欲がないので夕方か夜まで食べずに半日寝ていることが多い。
私が大学入学時に買った色違いの座布団がある。20年以上共にしてきた。
学生時代は部屋をモノトーンで統一していたので座布団も黒地と白地。
私が学生時代使っていた物は「あんたが独り暮らしをする時に買って
返すから」と言われて冷蔵庫、オーブン、洗濯機、調味料入れ等々
取られてしまった。調理器具もほとんどないように思う。母は安物が
好きなので安い物を買うが使い勝手が悪いようで私が奮発して買った
調理器具(ステンレス製の物とか)は取られた。今はボロボロだ。
アルバイトに精を出して買った物達なので切ない。そしてすぐに壊す。
説明書を読まない人種なので適当に使っている間に壊してしまう。
だから私が独り暮らしをする時は全部買ってもらわなければならない。
座布団は私の部屋にあったのだが気が付くと居間に移動していた。
座布団は私が勉強する時に常に使っていた戦友のような特別な存在だ。
しかし擦れてさすがにボロくなってきた。座り心地がいいので親が
黒を使っていたのだが破れたと母の手縫いの座布団カバーに変えられた。
でもその持ち主は私なので一言欲しかったし写真を撮っておきたかった。
その時も私は「一言言ってよ。それ私の物だから」と言った。
そして今日、夜居間に行くと母が上機嫌で何か布を縫っていた。
何だろう?と見るとボロボロに引き裂かれた白の座布団カバーがあった。
母は何の布かわからないが新しいカバーを作っている途中だった。
ここから修羅場になった。「どうして!?何で一言言ってくれないの」
「だって破れているでしょ」「それ、私の持ち物なのに勝手にしないで」
「破れてるのにどうするの?」「とても大切な物だから写真を撮りたいの」
「先に言えばいいじゃない」「そんなのわかるわけないでしょ、
お母さん何度言えばわかってくれるの?前の黒い時も同じことしたでしょ。
他人の持ち物を勝手にいじってはダメっていつも言ってるでしょ!」
母は「もうやめた!」と激怒しボロボロに破れたカバーを座布団に掛けた。
私はイラつきながら座布団の哀れな写真を撮った。母が「あんたのために
どれだけ皆が協力しているかわかるの!?」と言う。「ジュースのこと?」
一昨日母が誤って飲んだ炭酸水のことらしい。「あれを買うために何軒
お店を回って店の人に訊いて探したことか…」「メモに書いていたのに
飲んだのはお母さんでしょ」「だから探したんじゃない!」滅茶苦茶だ。
「ほんの一口しか飲んでなかったし訊いてくれればヨーカ堂て答えたのに、
何でドラッグストアで探したりするの」だんだん腹が立ってきた。
最近以前にも増して好戦的な父が飛び入りする。父は前後関係無視。
母と私となら問答無用で私が悪人になる。「お母さんの気持ちがお前には
わからないのか」はい、出た。いつものお母さんの気持ち。その前に
母が何をしたか知らない癖に。「お前、お母さんに謝れ」これも常套句。
問答無用なのだ。子供は何があっても何をされようとも親に謝らなければ
ならないのだ。理不尽に。「私が何か悪いことをしたの?何もしてない」
「ジュースだってメモしていつもの場所のいつもの入れ物に入れていたのに
間違ったのはお母さんでしょ。私何もしていないよ」。母沈黙。父が入る。
「今度から飲み物には各自名前を書いておこう。何せワシらキチガイ
だからなあ」と嫌味たっぷりに言われる。父は何かあれば自分がキチガイ
だと言うがこれにはわけがある。私は常にキチガイ呼ばわりされていて、
私のキチガイが家族全員に猫にまでも感染して全員キチガイなのだそうだ。
つまり私に対する嫌がらせでしかない。実は父はこの時機嫌が悪かった。
私は下痢続きなので極力乳製品やアイスを控えてきた。しかし父が買う。
昼に酒を呑み、夕飯で酒を呑んだ父の日課は自転車こぎ。1時間弱も
どこかを走って来る。その帰りに必ずアイスを買って来るが私は食べない。
逆に私が買って来ていた乳製品ではないアイスは勝手に食べられてしまう。
今日起きて冷蔵庫のお茶を飲んでいた時に父が帰って来た。酒を呑んでの
自転車運動なので顔色が赤黒くなっている。肝臓に悪いといつも思う。
父はまたアイスを取り出し私に食べるよう言ったが「今はいらない」
と答えた。「いらないのか?」少しキレている。「今はいらない。あとで」
と言ったが「せっかく買って来たのに」とキレた。そして冷凍庫ではなく
冷蔵庫に入れようとしたので「上に入れないと融けるよ」「うるさい!」
というやり取りがあった。父が買って来たアイスをその場で食べなかったので
父はその頃から立腹していた。その鬱憤晴らしのように母との会話に入る。
一時が万事こういう家で相手の状況を考える、ということができない。
常に自分のことしか考えずにキレて怒る。アイスはバニラだった…。
「ワシの買って来たアイスはいらないそうだしなあ~??」「“今は”
いらないって言ったでしょ」「ホントにうるさいなあ、お前は」とか。
「お母さんに頼らずに自分で繕(つくろ)え!」とか。私は捨てる
つもりだった。中の綿もボロボロだし。思い出と一緒に捨てたかった。
「お父さん!間に入るとややこしくなるからやめて!」と言うが引かない。
一方的に座布団もジュースも関係なく私の人間性をののしられる。
そして立ち上がり「風呂に入る!」と言うがまだわかしていないので
シャワーを浴び、私と母のいる部屋の襖を閉め、襖の向こうで聞こえるように
私の悪口を言いながら、また飲酒。いい酒を呑む理由ができたものだ。
何故だろう?と思う。他人の持ち物を勝手にいじる神経。それが友達の
物でも同じようにするのだろうか?絶対しないと思う。先日の花火がそうだ。
花火が上がっているのに帰るだの駅に行くだのさんざん振り回された。
アイスも私用の乳製品ではないアイスを置き場を決めているのに勝手に食べる。
乳製品を買ってくるので断ると「せっかく買ってきたのに」とキレる。
困ったことはこれが認知症だからではなく子供の頃からずっと続いている
性分というか性格ということ。そして何でも人のせい。自分は反省しない。
両親が二人共そうなので救いがない。OS-1はなくなってしまった。
「一言言って」と何千回何万回言ったことか。先月も猫の寝場所確保のため
私がお小遣いを貯めて買った地球儀を捨てていた。天球儀付きでお小遣いと
お年玉で買い、大事にしていたものだ。父が社会科教師なので使うからと
居間の棚の上に置いていたが捨てるのなら部屋に持って行ったのに…。
私は元々玩具を買ってもらえない子だったので家にある玩具のほとんどは
自分のお年玉で買っている。それを邪魔だからとポイポイ捨てて今は何もない。
後で懐かしくなって「あれどこにあるかなあ?」「もう捨てたわよ」「え!」
という感じだ。小学生の頃はお小遣いが週20円だったので100円のノートを
買う時は1ヵ月以上我慢しなければならなかった。近所の小さな文具店に通い、
売れないことを祈って100円貯まると走って買いに行っていた。
そんなノートは勿体なくて使えなくて眺めるだけだった。当時使っていない
文房具は居間にある小さい棚を1段だけもらって大事にしまっていた。
時々出してニヤニヤしていた。鉛筆も可愛いのは50円だったので3週間我慢。
その引き出しは宝箱だった。そこから出してはニヤニヤしていたら兄に鉛筆を
へし折られてしまった。涙は出なかったが怒ったら殴られた。折れた鉛筆は
セロテープで留めた。家を出ていた学生時代母が目を付け、勝手に消しゴムや
鉛筆やノートを使ってしまった。「使わないからいらないのだと思って」と。
その時も「私にいらないかどうか訊いてよ!」と怒った覚えがあるが後の祭り。
お小遣いを増やして欲しいと言えず、やっと貯めて買ったら兄に壊され母が使う。
結局昔と変わってないのだと今気付いた。買って来たアイスは食べられ、
親の独断で座布団はちぎれたボロ布になり、家電製品は全部回収されてしまった。
なのに逆ギレで激怒して怒られまくった。理不尽は生まれた時から続いている。
あーーーー、ダメだ。今日も死にたい気分………。
今日から今治タオルを枕に巻いているがもふもふ感がなくて残念。


8月18日(火)

明日が私の人生を奪われた告知の日。
鬱々としている。私は簡単に6年目と言っているが正式には5年目?
2011年の8月19日に脳動静脈奇形の告知をされたので丸4年か。
年齢で行くと早生まれなので検査入院をした年齢から数えると6年になる。
ややこしいが約5年毎日この病気の恐怖と闘ってきた。軽い気持ちで撮ったCT。
それに写っていたモノ。結果はファイルしているのだが改めて見て大きいと思った。
巨大AVM。加えて3個の脳動脈瘤。他にも点在するAVM。写真を見ていて
ああ、もうどうしようもないなあ…、と素人でもわかる。ばあちゃんが死んだ
一年後のこと。私はばあちゃんが生きている間はがんばろうと思っていた。
ばあちゃんが死んだらすぐに死ぬつもりだった。当時の日記が出てきたので
少しだけ読むと身辺整理と自転車で一時間かけてお墓参りをすませていた。
本当にもう死ぬだけだったのだ…。発見されてから4年何もいいことはなかった。
余計に苦しくなるだけだった。毎日が無意味に流れていくだけだ。
私の病気は「いきなり」くるので、病気と上手にお付き合いは難しい。
何かしていていきなり激しい頭痛と共に血管が破裂して、生きるか死ぬか。
それが明日なのか何年か後なのか死ぬまで破裂しないのか……。
考えていると発狂しそうになる。まさに死刑囚。執行人がいつ来るかわからない
中で毎日を淡々と暮らす。ただ私は悪いことは何もしていないのに…。
明日から5年目が始まると思うとうんざりする。どれだけ我慢すればいいのだ。
一昨日から自殺すると仄めかしているが、父は隣県に独りで旅行していた。
父が妄執している民生委員の娘が自殺をすると言っているのに旅行していました。
で、私が今日死ねばさぞ面白かろう。ついでに無職になった年を探した。
無職9年目と思っていたが実は10年目のようだ。2006年4月から無職。
10年間もベッドの上でパソコンだけで私は一体何をしていたのだろうか?
こうして年月を数えていくとますます死にたくなる。生きる意味はあるのか?
てっきりもっと早く病気に殺されると思っていたのに。待っていたのは
猫がらみの人間不信と自殺未遂と親の認知症。それでも働かずに生きて
いけるのは幸せだと人は言うだろう。空っぽの生活でも。何もなくとも。
病気になったのや離職したのが8月や4月なので数えにくい。
年齢は早生まれなのでこれもややこしい。離職したのは臨床心理士の
受験のためで、後にも先にも一度きりの試験だったので全てを捨てて時間を
作るしかなかった。半年以上教本が擦り切れて指の形に凹むまで暗記した。
なので無職の最初の一年はほぼ受験に費やした。だから一年サバ読んでいる。
誰かの役に立ちたくて。誰かの相談相手になりたくて。必死だった。
せめて2回受験できればよかったが運がなかった。本腰を入れて療養に
入ったが家庭環境が悪く鬱病は悪化。しかも抗欝剤が効かないという
珍しい鬱病で打つ手なしだった。これも運がなかった。医者の言う通りに
休み、服薬したが一向に治らない。そしてもう鬱病は治らないと宣告される。
クスリが効かないのだから、と。そんな折ばあちゃんが死んだ。私のことを
いつも「いい子だね」と言ってくれたばあちゃんが。家族中が悪い子だと
言う中、ばあちゃんだけが赦してくれた。ばあちゃんがいなければきっと
自殺していたと思う。ばあちゃんの喪に服さず死ねばよかったのに、
一年喪に服したばかりに見付かった巨大AVM。最初は治る、鬱病も治ると
言われてうかれた。次に脳動静脈奇形は治っても鬱病は治らないと言われた。
次に脳動静脈奇形(巨大AVM)は治療せず経過観察をすることになった。
次に脳動静脈奇形の経過観察も意味がないからとなくなってしまった。
毎年一度MRIを撮るがそのたびに少しずつ大きくなっていると所見にあるが
医者は大きくなってはいないと言った。だが脳動脈瘤などは数ミリ大きい。
そのMRIもなくなったので今頭の中がどういう状態かはわからない。
わからないが、知りたいとも思わなくなった。何の解決にもならないから。
もし10年前でまだ若ければ何としても治したいと思ったかもしれない。
巨大AVMは仮に治療できたとして5年は軽くかかる。これから治療すれば
私は50代になる。人生50年ではないが、もう充分だと思う。
今日は失くした時間のあまりの長さに激欝だった。いつも思うが、治療不可で
恐怖だけなのならば4年前の8月19日に戻ってCTを撮るなと言いたい。
そして準備したアレで自殺したい。あの日から私の時間は止まっている。
死んでいても生きていても同じなのだ。この先もずっと……。
こんな孤独地獄が続くのなら生きていても意味がない。


8月19日(水)

脳動静脈奇形と脳動脈瘤の告知を受けた日。10年の空白に気付いた日。
何も考えたくなくて夜9時半まで寝たり起きたりしていた。
その間暑かったり寒かったり滝汗かいたり鳥肌立ったり体温がおかしい。
蝉も鳴かなくなりたまに虫の音が聞こえる。夏は行ったのだと思った。
今年の夏も例年同様酸欠で自然に飢えていた。清流に行きたいとココロは
叫んでいたが無駄なので今年は口にはしなかった。言うと余計イラつく。
とっくに目は覚めていて雨音を聞きながら「10年目か…」と思う。
最近昼食を抜くことが多くなった。欝気分が酷くてどうしようかと思うが
のろのろと台所へ行った。蒸し暑い台所に夕飯が置いてあった。
見た途端、堰(せき)を切ったように涙が出てきた。全く無自覚に。
母の作ってくれた料理…。涙の理由はわからないが止まらなかった。
しばらくして母が出てきて驚いていた。私の背中をさすり「わかるよ…」と。
何がわかるのか。「10年、無駄にしてしまった…」とだけつぶいた。
人生で一番充実している年代を無駄にしたのは私だ。10年は長すぎる。
友達とも話が合わないのは道理。泣きながら夕飯を食べた。
その後ずーーっと失った10年のことを考えていた。取り戻せるか。
この先何ができるのか。身体が弱り、友達もいなくなってしまった。
一日一度は猫に会いに居間に行く。いつもは人前にあまり姿を見せないが
私が行って呼ぶと何故か出てくる。4年前の今日、母が猫を飼うと言った。
その嘘がこの猫だ。私が本当に飼いたかった猫ではない。嘘ばかりだ。
両親はバラエティ番組を観ていてケラケラ笑っている。少し前まで台所で
涙ぐんでいた母がもう笑っている。ひどく虚しく孤独を感じ部屋に入る。
絶望。この先に待っているのはもっと苦しい未来。親の介護。
トイレに行くと夕飯で食べた物が全部未消化で出た。今は水便。
安定剤を飲む。身体もココロも悲鳴を上げている。限界だ。


8月20日(木)

一日雨。病院は行けないのでクスリを送ってもらうことにした。
先日の花火大会で買ったバスタオル、と見本のタオルは手触りが違うように思う。
勇気を出して買ったお店に電話した。男性店員が言うには2、3年前から見本を
置いているとのこと。その見本と手触りが違うことを言うとタオル会社に電話を
するので待って欲しいと言われた。電話がかかり説明によるとタオルは別物だった。
同じ会社が作っているが今治タオルの商標の規定が変わり生地が変わったらしい。
以前の私が見たもふもふタオルは柔軟剤を多く使っていて、今は減らしているらしい。
パッケージもプラスチックの箱から紙箱に変わり中身も変わったらしい。
店員さんは同じ物だと思っていたそうで、見本と売り物が違うのに出していて
他のお客様にもご迷惑をかけてしまったと平謝り。すぐに見本から外すと。
私に指摘されてよかったと。見本のタオルは皆が触って汚れているし見本として
使うことは今後もないのでよければクリーニングして発送しますよ、と。
かなりくたびれた感じのタオルだったので微妙だがくれるのならもらっておこう。
一年の間にもふもふタオルは生産中止になっていた。ちょっとがっかりする。
今日は膀胱炎ぽくて下腹が重くて薬を飲んだ。あと右下奥歯が猛烈に痛い。
さすがに歯医者に行こうかと思った。しかしいつもの歯医者は大繁盛でだんだんと
予約が取れなくなり扱いも雑になってきた。新しくできた歯医者があるのだが
そこはどうだろうか?今日よく眠れなかったので疲れているのもあると思う。
疲れるとすぐに奥歯が痛くなる。いずれにせよ歯医者は憂鬱だ。


8月21日(金)

疲労困憊の一日。午前と午後歯医者に行きぐったりした。
いつもの歯医者は歯石取りが激しいのと完全予約制なので最近できた歯医者にした。
サイトを見る限り予約者優先だが予約なしでもいいようだったので。
いつもの歯医者は前回奥歯のかぶせが取れて大穴が開いているのに予約は3日後と
譲らなかったので3日間奥歯が欠けたままだった。緊急事態なのでこれは酷いと思う。
あと歯石を取ると歯と歯茎の間に隙間ができ、ここに食べ物が挟まって炎症を起こす。
歯石取り大好きな歯医者なのでそれも嫌だった。新しい歯医者に望みを託して行った。
飛び込みなので午前中に。入念なカルテを書かされて診察室に入った。若い医者。
レントゲンを見て、歯と歯茎の間が虫歯になりかぶせの部分に大穴を開けている。
かぶせがあるので外からは見えないがこれだけ大きな虫歯だと神経を取るしかないと。
何とか神経を残して欲しいと言うがダメらしい。何ならこの辺りには歯医者が
たくさんあるからそこで見てもらっても…と強気。そう、いつもの歯医者は目と鼻の先。
予約者優先なので午後4時なら予約が空いているので治療しましょう、となった。
お会計もその時にと。狐につままれたような気分で家に帰った。歯茎の炎症だと
思っていたのに神経を取るほどの虫歯があったなんて。レントゲンで口に器具を入れた
せいか痛みが強い。鎮痛剤を飲んでいいと言われたのですぐ飲む。食欲は、ない…。
何とか神経は残せないかと思うがどうしようもない。会計のこともあるし、金曜だし。
暗い気分で過ごした。徹夜なので物凄く眠い。距離的には自転車で5分程度の近さ。
覚悟を決めて4時に歯医者に行く。すぐに処置に入ったが麻酔が全然効かない。
それに目の上にタオルを載せられているので私が痛くて目をぎゅっと閉じても
気付いてもらえない。手を挙げればいいんだ、と左手を何度も挙げた。
重度の歯周病と言われ、歯石取りを条件にの治療だった。歯周病の人には麻酔が
効きにくいらしいが、精神薬を飲んでいるのも多分あると思う。大量の麻酔を使う。
麻酔をするとうがいを指示されるが歯に沁みてうがいができない。また麻酔。
というか、かぶせを削るのは何でだろう?いつもはパコッと外れるのに…。
いつもの歯医者なら自分で着けたかぶせだから簡単に外せるかもしれない…。
そう考えると歯医者選びを間違ったのではないか?神経は残せたのでは?
とアタマがぐるぐるし始めた。とにかく痛いので手を挙げては麻酔の繰り返し。
医者はこれからもっと痛い治療をするからがんばってね、と言うが恐怖。
最終手段で神経に直接麻酔をして物凄く痛かった。痛いと言われてはいたが。
取った神経の跡に薬剤を入れ白いかぶせをして終了。もう右頬が麻痺していて
うがいを指示されてもほとんどできないくらい顔半分が腫れ上がっていた。
歯石を取りながらの治療で何回もかかるから(7回くらい?)と言われて、
予約は基本週一回なので二ヶ月!?と気が遠くなった。今日はかなり涼しく、
終わったらアニメイトに行こうかなと思っていたが疲れきってダメだった。
口は麻酔液で苦いし大量の麻酔液を入れたせいか歯茎が膨張している。
横になったらすぐに寝落ちした。3時間ほど寝て暑くて目が覚めた。
エアコン28度。汗だく。口はまだ麻酔が残っていて重い痛みがある。
疲れたなあ、しか感想がない。
あれだけ麻酔を打ったら歯茎は穴だらけだろう。食欲もない。
熱っぽくてストレス性の蕁麻疹がたくさん出た。
神経を抜いた歯もあるがここまで痛かったのは久々な気がする。
いつもの歯医者が完全予約で三日待ちでなければ行ったのにと後悔。
他の病院の日との調整もあるし考え始めるとアタマが痛い。
なんかキモチワルイ。吐き気がする。


8月22日(土)

とにかく不調。だが父の送迎でアニメイトに行った。
昨夜、どうしようもなく気持ち悪くなり熱もあるようで吐き気と蕁麻疹が出た。
その上頭痛も始まり途方に暮れた。水を飲んでも吐きそうだが胃薬と眠剤を飲む。
額に冷却シートを貼り横になるが異様な気持ち悪さで怖くなった。多分麻酔のせい。
通常より大量の麻酔を入れたので顔の右半分は腫れてずっと感覚がなく鈍く痛む。
7時間前に食べたそうめんが胃に残っている感じがするが吐けない。不快。
やはりいつもの歯医者に行くべきだったかと大後悔。銀歯外すだけであの痛みは
ありえない。銀歯を削って外していたかなあ。いつもはパコッと外れていたのに。
神経直接注射は本当に痛かった。学生時代の糞藪医者以来の痛さだったと思う。
もしかしたら神経は残せたのでは?もしかしたら?でアタマが一杯になった。
それでも疲れていたのか寝ていたが隣りの子供が遊ぶ声がキンキン響いてくる。
身体がだるくてトイレに行きたいなと思いつつ寝ていた。夕方トイレに起きた。
私は定期的に膀胱炎になるのだが先日薬で治っていた膀胱炎が復活していた。
しかも前より酷い。尿が濁って白い…。残尿感もあり下腹が重苦しい。
歯は痛くなくなった。熱はまだありそうだ。膀胱炎の薬は食間なので飲む。
食欲は全くない。今日は24時間テレビなのでスタートを観たいと思った。
4時過ぎなのでどうしようか考えているとアニメイトに送ってくれると言う。
膀胱炎とまだ少し残った歯の痛みがあるので悩んだが連れて行ってもらった。
最近父は毎日夕方になると何かを買いに車で出かけて行く。そのついでだ。
今まで一棚あった「黒子のバスケ」グッズが他のアニメと半分ずつに…。
ちょっと欲しいなと思ったストラップがあったが品切れなので注文した。
それから少しがんばって隣りの百貨店で夕飯を買った。記帳とかいろいろ。
そして父の車に同乗している母に電話して来てもらった。下腹部が苦しい。
母がついでだと今とは違う膀胱炎の薬を買って来てくれた。家に帰り、
24時間テレビのスタートを観ながら膀胱炎の薬を飲んだ。これも食間。
相変わらず濁った尿が少量しか出ない。今日少し歩いただけでシャツが
びしょ濡れになるほど汗が流れた。いつまで続くのだろうか…。
本当は今日は駅地下のバーゲンで一日限りなので行きたかった。
駅だと父が降車場で迷うので頼めない。だが今日はそれどころではなかった。
食欲は全くないがデパ地下で買った冬瓜(とうがん)あえとハンバーグ。
今年は妙に冬瓜が欲しくなる。母がたまに冬瓜汁?を作ってくれる。
食欲はないがハンバーグが美味しくて完食。しばらくして冬瓜あえを食べた。
これだけでもう何も欲しくない。あとはお茶を飲むが尿意がこない。
下腹はだいぶマシになった。トイレに行くとやや濁った尿が出た。
今は一応普通の尿だが薬を飲んで治さなければならない。厄介だ。
学生時代から何が原因かわからないが突然膀胱炎になるようになった。
当時かかっていた亡き老医は「お守りに」といつも抗生物質をくれていた。
抗生物質は薬局では売っていないし入手困難なので貯薬していたが、
遂になくなってしまった。昨日歯医者でもらえると思ったのだが…。
抗生物質を飲むと一発で治る。思えば子供の頃から病気ばかりだ。
シモの話が多くて申し訳ない。食間は食後2、3時間後だそうで
飲むタイミングが難しい。明日も子供は騒ぐに違いないし…。
車に乗る時に隣りの家が見えるのだが開け放した縁側で騒いでいた。
縁側と私の部屋の直線距離は3メートル。どうりでうるさいはずだ。
歯の痛みはなくなった。神経、死んだんだな…。熱はあると思う。
最近素直に両親に「ありがとう」と言えるようになった。
車に乗せてくれてありがとう、薬を探してくれてありがとう。
依存か分離不安か甘えたことがないので今甘えているのか…。
早く自分で自由に外出できるようになりたい。


8月23日(日)

体調が悪い。母と口論になる。原因は父。いつも父。処暑。
今日は朝から両親は隣県に小旅行。昼過ぎに起きて食間の薬を飲む。
携帯のワンセグで24時間テレビを観たりとなかなか寝付けなかった。
少し寝たところでアラームが鳴り起きたのが6時過ぎ。凄く眠かった。
この時眠気に負けていればよかったのだが、起きて居間に行ったのが間違い。
両親は夕飯を食べていた。ランナーのDAIGOがゴールに到着するのを観たい。
24時間テレビなのでランナーは24時間後以降には到着するはずだ。
昨日の7時過ぎから走っているので8時くらいだろうか。観たくて座る。
両親は買って来たお寿司と父は最近本当に浴びるように酒を呑む。しかも悪い酒。
酒を呑むと絡んでくる。別の部屋にいた猫がやってきて父の横で何かしている。
うちわの上の猫のおやつがありそれを食べていた。それを見る瞬間までは
私は機嫌がよかったのだが、見た瞬間ココロが凍りついた。もう何十回目だろう。
夕飯時にここに来るとほぼ100%の確率で猫がご相伴しているのを見る。
その度に私はブチキレる。極力猫の話題は日記に書かないようにしているが、
説明すると長い。療養生活を始めた頃は昼夜逆転はしておらず両親と食べていた。
夜6時のニュースのキャスターの男性が面白くてファンになり楽しみにしていた。
ところが夕飯を食べている間中父が男尊女卑、女性批判ばかりして不愉快になる。
しかも酒が入っているので酷い。「夕飯の間だけはやめて」と何百回頼んだか。
子供の頃から夕食時間は楽しくなかった。父がひたすら同僚の悪口を言うのだ。
それを黙って聞かなければならない。矛先が向けば絡まれてご飯を取り上げられる
こともあれば新聞紙を丸めたもので叩かれることも日常茶飯事だった。
そして女性批判。「最近の若い女性は」「いい年のばあさんが」と延々と。
仕事があるので6時台のニュースは観れなかったが療養生活に入り、観ると
地域の情報がほとんどで面白かった。キャスターのファンになったので欠かさず
6時にはテレビの前にいた。しかし父の毒舌に耐えかねてニュースを諦めた。
父との喧嘩の元になるし、ご飯が美味しくなかった。そして夕飯の時間をズラした。
ここから生活のサイクルが崩れ始め昼夜逆転生活に入る。そのきっかけだった。
追い出された私はその日から独りでご飯を食べるようになった。昼ご飯の時も
女性に対してのみ罵詈雑言の嵐だったので昼食も一緒に摂らなくなった。
例えば女性が事故を起こせば「女なんかに免許を取らせるな」「女に車の
運転なんかできるわけがない」「女のくせにでしゃばるからこうなる」等々。
服装も「最近の若い女は恥じらいがない」「あの服を見ろ似合っていると
思っているのか?」「女は家から出るな」「化粧の濃いババアだな」等々。
本当はもっと暴言だが不愉快なので書かない。女に生まれたことが悪いように
思えてきてしまうくらい不快だ。独りのご飯は学生時代以来で淋しかった。
台所にはテレビがない。テーブルの上のチラシを眺めながら食べている。
いつの間にか早食いになり味覚もなくなった。そして太っていった。
こうして娘は独り淋しく食べているのに、猫は「独りの飯はかわいそうだ」
と父が必ずおやつを置いて昼も夜も一緒に食べている。おかしいと思う。
独りのご飯がかわいそうなら娘だってかわいそうとは思わないのだろうか?
それにうちの猫は一日分の餌を餌箱に入れているので餌の時間がない。
朝晩と餌の時間が決まっている猫ならわかるが2メートルくらいの場所に
猫の餌箱がありたっぷり残っている。わざわざ一緒に食べる必要はない。
要するに猫が可愛いのだ。それを見ると私はいつも不愉快になりキレる。
でもわかってもらえない。私は嫉妬から猫に餌をやるなと言うと怒る。
「猫がかわいそうだろう!」と。その度に「私はどうなの!?」と言う。
「お前は知らん。独りで食べろ」と言われれば腹が立って仕方がない。
先週も先々週も同じことがあり私はキレた。そしてストレス性の下痢。
母が「もうやめさせるから」と毎回言うが、父の権力には勝てない。
父は「我が家は猫を中心に回っているんだ」と豪語してしまった。
あくまでも猫は人間の下と考えている私とはわかりあえない。
私は大抵昼前と夕飯前に一度目が覚める。起きようかなと思うが、
今行けばまた猫がご相伴しているのに遭遇するかもと考えやめている。
見なければいい。見なければ。猫が私より両親に大切にされていようと。
知らなければいい。だが、先週や今日など夕飯に当たってしまうことがある。
するとたちまち「嘘」の現場に出くわす。やめさせるから、の嘘。
家中に転がっている嘘のほとんどは猫絡みだ。猫には罪はない。
人間の接し方が悪いと思う。嘘ばかり。私は猫が何かいいことをしたら
おやつをあげようと用意している。しかしいいことをしなくても昼、夜と
定期的におやつがもらえるのなら猫も楽だろう。抱っこの練習も触ることも
何もしなくてもおやつがもらえる。当然おやつをくれる人に懐く。
私も一緒に夕飯を囲んで楽しくテレビを観ながらの食事に猫がいるのはいい。
だが私は放り出されて猫は独りではかわいそうだというのが理解できない。
そのうち父が黙って激怒して今日も襖を閉めて天の岩戸状態でまた酒を呑む。
お前のせいで呑んでいるんだぞ、というのがひしひし伝わるが酒に逃げている。
その後母とも話し合ったがループして会話として成立しない。簡単だ。
母も猫と一緒にご飯を食べて「おいちいでしゅか?」などとと言っている。
父も母も猫に憑り付かれているといつも思う。もしくは現実逃避。
こういう時ふっと死にたくなる。私が生きている理由、家にいる理由。
今日もまだ膀胱炎の調子が悪く尿が濁っている。下腹部が重く気持ち悪い。
熱もある。治療中の歯も違和感があるし滝汗が出たり寒かったりボロボロだ。
そんな娘に「具合はどうだ?」の一言もない父。だから居間は嫌なのだ。
だが居間に行かなければ猫がいない。一日一度は見るようにしているが。
私は名前もなくなり「ねえちゃん」と呼ばれるようになった。猫の姉。
猫が何もかも持って行く…。交番事件も外出恐怖症も猫が原因。
その猫を飼ったのが親。猫の性格と飼い方に多いに問題がある。
猫は人嫌いだし居間から外には出せない(脱走するので)。猫は夜には
ケージに入るので私との接触時間が圧倒的に少ない。でも居間に居場所がない。
行っても猫は出てこない、触らせない。猫を飼ったことを心底後悔している。
あの告知の日に戻れるなら猫を飼いたいと言わず、さっさと自殺したい。
膀胱炎の具合があまりよくならないので内科を考えるが行けないところばかり。
一軒は告知した医者で大学病院に紹介状を書いたからもう来るなと受診拒否。
一軒は皮膚科専門の内科で脂漏性湿疹だと誤診され転院して好酸球性毛包炎が
見付かった。行けば当然皮膚病の話になるだろうから気が重い。医者もキツイ。
他にはきちんとした内科がない。開業医なのにあれもこれもやります的な。
病院はあちこちにあるがホント評判の悪いところばかり。二世ばかり。
大学病院は高度先進医療なので紹介状がない人や軽い人は来るなと堂々と
ポスターを貼ってある凄いところ。行く気もないが。どうかと思う。
この数年夜間外来で使っている総合病院は6月に郊外移転してしまった。
自転車でも無理。車しか無理だと思う。駅もないし。バスも数本で駅から。
他にも私が行っていた総合病院は軒並み郊外移転して行けなくなった。
病院難民である。薬が食後ならいいが食間で食事後2、3時間以上
経ってから服用というのが鬱陶しい。生きる、生きたい、という気持ちが
ないのに何でオプションで自律神経やら膀胱炎やら蕁麻疹やらになるのか。
ますます死にたくなる。この身体でいる以上病気とは縁が切れないのだ。
そして猫と親とも。昨日は感謝したが餌やりを見てココロが荒れた。
猫と親のやり取りを見ているとココロが腐っていくような気がする。
ココロが汚れ腐敗して身体を侵食しているような感じだ。
 

8月3

 投稿者:ねざくら  投稿日:2015年 8月19日(水)04時32分25秒
  8月10日(月)

父の送迎で整形へ。足の裏は足底腱膜炎らしい。猛暑。
昨日の水便事件から整形に行くのが恐怖だった。何せ自覚症状皆無。でも便は臭う。
病院で水便が出たら水なので足に垂れてくる。中身は大便だ。考えただけでくらくらする。
水なので服にも染み出てくるだろうし臭いが…。汚れるのでタクシーにも乗れない。
今日は自転車で行こう、そう思った。正露丸を飲むために早目に起き水分を摂って様子見。
一度トイレに行けばいろいろわかるはず。だが一向にトイレに行きたい気配がない。
というのも寝る時にあらかじめ掛布団をして寝たのだがそのまま直立不動で寝ていた。
今年に入り「寝返り」をうつことがなくなった(うっているとは思うが起きると
両手をがっちり組んで天井を見ながら寝ている)。今日も寒くて目が覚めた。
うとうとしながら横を向くと途端布団がぽかぽか暖かくなった。これはいい、と
思っているとほどなくして滝汗が出るほど暑くなった。だが布団をずらすと寒い。
どうなっているんだ?と本気で思った。水分は味が苦手なOS-1を今期初めて飲んだ。
何故か美味しいと思ってしまった。去年はしょっぱくて飲めないと思っていたのに…。
トイレに行くがあまり尿は出ない。身体がからからなのだと思う。下痢は大丈夫そう。
そろそろ支度をするかと少し動いただけで滝汗。遠くで雷鳴が聞こえてきた。
本来なら整形の後はアニメイトだが水便の件もあり今日は泣く泣くやめた。
雷のせいか急に父が連れて行ってやると言い始めた。ここで断ると厄介になる。
整形は病院より近くてすぐ行けるので断ろうと見ると父が着替えて待機している。
ここで断ればふてくされて次の機会に行ってくれないかもしれないので頼む。
整形の駐車場は父には入れにくいが隣りのコンビニは広くて入れやすいので、
そこで送迎してもらうことにした。整形は待合に3人くらいしかいなかったが、
私が赤外線を肩に当てている間に満杯になった。結局何時に行っても閉院時間を
過ぎることになる。だから5時前くらいに行く。閉院は6時。待っている間背中を
だらだら汗が流れていく。よくエアコンが効いているので診察する頃には乾いた。
先生に右足裏の痛みを言ってみた。先生が触った部分が痛い。腱(けん)らしい。
あらかじめネットで検索していたが足底腱膜炎というものらしい。腎臓ではないのか。
腎臓の話はしなかったが。先生が「急に太ったらなることがあるけど…」と言う。
太ったのは去年から激太りしたが今は下痢続きで体重が落ちている話をした。
もうしばらく様子を見ようということになり、膝と肩に注射して終了。
隣りのコンビニでカードを作りたかったので明日食べる食材を買いレジへ。
若いお兄さんが「僕でよければお作りしましょうか?」と言ってくれるので任す。
私はコンビニのチケット予約や振込みの機械を使ったことがないので驚いた。
できないことはないがあれを一人でしたら10分は軽くかかってしまう。
私は突っ立っていて自分の名前まで入力してもらった。カードができたので電話。
アイスを買って来てと言われて眺めるが棒アイスばかりでカップがほとんどない。
3個で3種類と言われているので迷う。レジに行く時父の車が到着するのが見えた。
支払いをすませるほんの数分で父は車から降り私の横に立ち「まだか!?」と大声。
レジをしている店員さんが固まる。私も固まった。今お釣りもらうところ……。
家に帰り居間に行くと暑い。3部屋続きを襖で区切っているが全部で16畳くらい。
エアコンは8畳用。猫がどうしても窓のある部屋へ行きたがるので猫が通れるだけ
開けているのだが庭に面したその部屋の窓が全開だった。そして襖も全開。
奥のテレビの部屋の窓も何と全開。その中でエアコンは25度で闘っていた…。
「どうして窓を閉めないの!?意味ないよ」と言うと母が「外が涼しいから」
「ならエアコン切りなよ。つけてる理由がない」「お父さんが(庭側の部屋の)
襖を開けるからいけないのよ」「いやいやこっちの部屋も開けて外の空気が
3部屋を吹き抜けている状況じゃない。せめてどこか閉めようよ」私も必死。
多分こういう老人が屋内熱中症で死ぬのだと思う…。言わなければこういう
ことばかりするが外より室内の方が熱がこもっているので37度とかなのに。
母のユニフォームはエプロンで朝から晩まで買い物まで装備しているが、
一枚脱げば絶対涼しくなる。でも脱がず「暑い暑い…」を繰り返している。
空腹時にアイスを食べて下したり…。父母で一日1リットルしか水分を
摂らなかったり(一人ペットボトル1本分)脱水するのではないかとはらはら。
母は高血圧なので塩分控えめはいいが汗で流れるので補給しなければよくない。
あれやこれや口うるさくなってしまう。それが口論の元となるので悲しい。
自律神経失調症の私は温度感覚が狂っているが。両親はどうなのだろうか?
お茶がなければ飲まないので一日二回お茶を作るがかなり嫌がられる。
しかし外は絶対涼しくない。外36度。そんな外気を入れてどうする?
いつか無自覚熱中症で倒れているのではないかと不安になってしまう。
今日は恒例のいのちの電話をかけた。女性だったが何だろう?同じことばかり。
時間は限られているので最初に必ず訊かれる年齢と家族構成を言ったのに、
何度も同じことを尋ねられて4回は言ったと思う。それだけでタイムオーバー。
脳の病気のことも最初に言ったのに何度も何度も訊いてくる。どうしたのかと。
そしてお決まりの「次の人が待っているので…」で切られた。逐語記録取って
ないのかと思った。突如「あなたは幸せよ~」と言われてムカついた。
これから両親の介護という大仕事があるじゃない、それをがんばりましょう、と。
だから自分の病気で手一杯で両親どころではないとあれほど言ったつもりなのに。
いつも思うがお互い匿名制で次また電話に出る可能性はとても低い。
するとまた一から説明しなければならず前フリだけで時間を取られてしまう。
今日の人は私に「もっとまとめた方がいいと思う」と言ったがそれ以前に
聴いてくれてないと思う。はしょってはしょってこれ以上ないくらい短くして。
なのに同じことばかり「お父さんは何歳?あなたは何歳?同居?別居?」
の繰り返しだった。兄がいると言うと「お兄さんがいるの!?」これ3回目です…。
「お兄さんは何歳?」と続く。いくら無料デーとはいえお粗末だと思う。
まあでも繋がっただけマシと思うことにする。43年の人生相談を1時間弱で
解決しようという、いのちの電話、救われている人はどのくらいいるのだろう。
上手かったと思う人は「これからもツライことが一杯あるだろうから、ツライな、
と思ったらすぐにいつでも、有料の日かもしれないけれどかけてきてください。
何度でもお話を聴きますから」と締めた人だろうか。これ以外ないように思う。
電話でいいと思った人を毎回指名できるのなら一番いいのだが匿名では無理だ。
ちょっと悶々とする。


8月11日(火)

いのちの電話に2回。4時間、よく喋った。
どうも悶々とするので深夜1時過ぎもう一度いのちの電話にかけた。女性。
話は聴いてくれるたし感じもよかったが私の言葉の反芻ばかりで微妙な気分だった。
相手の言葉を返すのは基本だがそれだけだった。2時間も聴いてくれたのにもやもや。
そして4時頃電話すると男性が出た。思うが男性の方が傾聴は上手い気がする。
前回の宇宙の真理の人は別として。女同士だとやはりどこか厳しくなるのだろうか。
お互いに…。昨日書いた人と同じように締めてきた。「いのちの電話が必ずあなたを
護りますから、淋しい時は淋しい!とそれだけの理由でかまわないから掛けてきて?
色んな人が電話に出るから合わないと思ったら切ってもいいから。合う人とだけ
お話をして。遠慮せずにどんどん使って。一人じゃないから」と。ちょっと泣けた。
そしていつものように方言を教えてもらった。無料日は何県に繋がるかわからないので
県名を訊いて驚いた。日本の端っこ。いつも同じ人を指名できればいいのにと思う。
朝6時になっていた。そろそろ寝なければと眠剤を入れるが他人と話して緊張した
せいか滝汗だらだらで身体中が熱い。それに気分が昂ぶっている。眠れない……。
暑いので初めてエアコンを26度に設定し冷えたら温度を上げて寝ようと思った。
そして寝落ちした。昼過ぎ起きると超寒い。布団はかけていたがそれでも寒い。
昼飯よりも眠気が勝り凍えながらリモコンをいじって寝る。夕方寒くて起きる。
リモコン設定何故か25度!このエアコンを買ってから一度もここまで下げた
ことはない。すっかり凍えてしまった。最近戦争特番が多いので起きて観る。
夢に出ることがありかなり怖いが今日も観た。やはり戦争とテロが一番嫌いだ。
昨日コンビニで買っておいた弁当を食べる。水分をあんなに摂っているのに
トイレに行っても出ない。長時間一滴も水分補給せず滝汗をかきながら寝ていた
からだろう…と思う。明後日に迫った隣県の花火大会だが一番怖いのは水便。
万が一服が汚れたら満員電車の中でどうしよう?と不安で一杯になる。
着替えを持って行くか?臭いは隠せない。自律神経がもってくれるだろうか?
天気予報は雨なのだがパソコンで観ると一時的なものらしいが。どっちだ?
母は行く気になっている。母は姫なので全部私にお任せなので気は楽だろう。
私は切符を買い時刻表を見て交通機関を使い母を案内しなければならない。
あとは……徹夜になるのでキツイ。帰りの時刻表を印刷しておくか…。
今日コンビニ弁当を加熱していると父が来た。冷蔵庫で何か漁っている。
またビールかと思っていると「カルピスがない」と言う。どこかで見たな、
と思うが「父、と書いてあるはずなんだ」と。関係ないペットボトルを
手にしている。母が来るのを見るや「いらない!」と激怒して出て行った。
母は「話の途中でいなくなるから来てみたら…」とこちらもご立腹。
父は手がつけられないほど怒っていて怒りを全身で現してくる。怖い。
加熱時間4分の間の2分ほどの出来事。カルピスの原液は新品なので
棚にあり、割るために冷やした水だけがペットボトルに入っていたらしい。
蓋に「父」とあった。棚に置いてあることを知らずにやって来たらしい。
そもそも父はカルピスの作り方を知っているのか?そこが問題なくらい父は
坊ちゃんである。おそらく出来上がったカルピスが入っていると思ったのだろう。
母も怒って凄い形相になっている。父は赤鬼、母は能面の何か怖い顔に似ている。
こんなことが毎日毎日繰り返されて家はギスギス。母の愚痴も増えた。
母は本当は花火大会には行きたくないと思っている。去年そうだった。
去年と違うのは私が自律神経と胃腸炎だと言うこと。去年は屋台で買い物をし、
ジュースを飲んでとお腹は全く心配なかった。せめて腹痛でもあればいいが
水便は無自覚に出てしまう。だからそれが怖い。暑いのは我慢できるが、
そっちは困る。対策は、ない…。


8月12日(水)

明日の花火大会の不安からあまり寝られなかった…。風邪かな。久々の雨。
子供の頃から行事の前には体調を崩し、幼稚園時代は遠足にほとんど行けなかった。
小学校もそうで学習発表会の前には熱を出して。さすがに参加したけれど。
今はストレスでそうなっているが当時は嬉しくて嬉しくてはしゃいでいたのに。
明日の不安は自律神経と水便。水便が一番不安だ。後は帰りの電車が不安。
去年普段は6両編成なのに花火大会で何万人も来ているのに3両編成で
うち自由席は2両で物理的に乗れなくてそれはもうお客さんが怒った。
電車も遅れるし1時間に1本なので2時間近くホームで身動き取れずに、
ようやく乗れても終電なので乗れない人のために詰めろと無理を言われ…。
結局全員は乗れずに電車は出発した。帰れないかと本気で思った。
今年は1本増やしているようだがやはり自由席は2両でホームも違う。
同じホームなら乗れなければそのまま次を待てばいいのだがかなり離れている。
通常は9番ホームが専用なので9番だけを使えばいいのに1本だけ5番がある。
私は9番で勝負と思っているが母は5番が先なので5番に行こうと言う。
いつも姫(母)は私に「丸投げ」なのでかなりイラっとくる。
明日は週間天気予報がずっと雨マークだったので正直無理だろうと思っていた。
が、今日かなりの雨が降り明日は曇りのち雨のち曇りという状態。
隣県は雨なのでどうかと思う。考えても仕方ないがストレスが溜まる。
鬱病なのでなおさら。カラっとした性格になりたい。じめじめしてしまう。
今もどのバッグで行くかで悩んでいる。重くなるので地面に置くと底が汚れる。
エコバッグによく似たトートバッグを普段使っていてトートしか持っていない。
母はショルダーバッグを持っているので貸して欲しいのだがダメのようだ。
水分補給やクスリやタオルなどで結構荷物になる。トートとショルダーの
2個使いをしたいのだが。どう言っても伝わらないので諦めた。
私が普段使っているトートは空でも生地が重いので持って行きたくない。
汚れてもいいエコバッグにしたがポケットがないので中身はカオスだ…。
大丈夫なのかと不安だらけだが何とか無事に終わるよう祈る。


8月13日(木)

花火大会に行ったが花火の最初から大雨が降り花火終了と同時に上がった。
少しは寝ようと眠剤を入れ3時間くらい寝た。天気はパソコンでは怪しい感じだ。
時間毎予報の丁度夜18時以降に雨マーク…。それまでは曇り。局地的に激しい雨。
こちらも雨が降ったりやんだり…。大会のHPは現段階では開催となっていた。
時間が来たので父の車で駅まで行くが何故かいつもと違う場所で降りることになる。
ここからだと遠いし車の間を歩くことになるが仕方ないので降りて駅まで歩く。
駅は大混雑だったが往復切符を買い母に渡してすぐにホームへ向かった。
足底腱膜炎のせいか足が痛いので絶対座りたくて1本後の電車と思っていたが、
母が乗ろうとせかすのとそこそこ空いていたので始発の電車に乗った。
そこそこ空いていても2人が一緒に座れる空き方ではないので自由席の先端迄行った。
ここは窓が小さいので景色を楽しむつもりがイマイチだった。懐かしい風景を観る。
母は横でうとうと寝ている。ボックス席なので向かいに座った高校生が大学のことを
いろいろ話していて、自分はもう未来などないのにな…と独りで凹んでしまった。
予定より30分早く着いた駅はかなりの人だった。すぐにキヨスクへ行って土産漁り。
「黒子のバスケ」のご当地ストラップを見つけて感動した。県ごとにキャラが県の
物産を扱っているストラップがあり、中古屋で見つけた。大阪はお好み焼きだった。
中古屋より断然安いのと面白いので買った。私は去年から期間限定やご当地モノの
飲み物に凝っていて、去年もお茶を買って重かった。キヨスクは23時までなので
花火が終わってからでもいいと思ったが母がせかすので買った。かなり重くなった。
そしてもう一つの大きなビルへ。これも産直でキヨスクとは違う物を売っている。
ここにあるポケットソルトが欲しかった。直径4ミリほどの丸い塩の玉なのだが
毎日塩を舐めている私には携帯用でありがたい。口臭予防のような小さいケースに
入っている。去年何気なく買ったら重宝した。あと去年買い損ねた今治バスタオル。
21時閉店とは知らずかさばるので後でと買えなかった悲願のタオル。試供品を
もふもふして「この極上のもふもふに抱かれたい←馬鹿」と思った。私の県でも
今治タオル専門店が何軒かあるのだが柔らかさが段違いでずっと探していた。
今治タオルは商標登録なのでタオル屋さんによって違う。ただ引っかかったのが、
もふもふタオルは去年はプラスチックのパッケージに入っていたこと。
今年は蓋は開くがビニールで覆われていて紙箱に入っている。どちらも白地。
でもここに置いてあるのだから同じだろうと普通思うと思う…。それを買った。
22時50分まで花火で会場からここまで来るのは不可能なのでジュースを買う。
相当な重量だが母には持たせずがんばる。タオルは軽いので持ってもらった。
母は「食べ損ねたら困るから」とキヨスクでおにぎりを2個買っていた…。
地元にはない珍しい屋台を見て盛り上げるが母は先日の花火大会同様能面のようだ。
「何か食べたいものない?珍しいもの食べてみない?」「いい。おにぎりがあるし」
という具合だ。母が選んだのはタコスと焼きうどん。私ははしまきと鳥皮とりんご飴と
とうもろこしとレモネード。レモネードは前々回にこぼして前回リベンジした。
安定の悪いジッパーの付いたビニール袋に入っているのですぐに倒れてこぼれる。
「早く席に座ろう」とせかす母。ビルに入った頃からぽつぽつと雨が降っていた。
傘はないし傘が必要なほど降っていないが大丈夫かなと思った。地元と違い席取り
していないのだろう打ち上げる海の側の観客席にいつも空間があるのでそこにシートを
置いて座る。いい席がもう少し海側にあったのだが母がうるさいので狭い場所にした。
一人用のシートを1枚しか置かない母。シートを持つ母に置いて座ってよと言うが
むすりとしていて座らない。母が座ってくれないと荷物の配置もジュースの置き場も
決められないのに母はしゃがんだままだ。母の座れる場所はかろうじてある。
「座ってくれないと物が置けないのよ」と言うと「どうして?」と怒ってくる。
こうなると聞かないので諦めて荷物を並べジュースを置いた。下が芝生なので不安定。
心なしか雨足が強まったように思うがもう始まる。母が急にシートを敷いて座った。
あ、と思った時には右足が倒れたジュースでびしょびしょだった。だから言ったのに!
靴からズボンから濡れ、座っている場所にもジュースが溜まりとんでもないことに。
母がタオルを出して拭いたが荷物も濡れてしまった。安定の悪い芝生の上だから
力がかかると斜めになって倒れるの…。だから言ったじゃないか!(心の叫び)
ジュースの始末をしている中花火は始まった。何とか母も座ったので食べ物を勧める。
また雨足が強まったように感じた。花火は20時から50分。12000発上がる。
やっと母がおとなしくなったので花火を観ていると、ざあっと雨が降ってきた。
あちこちで傘をさす人が出てきた。かなりの大雨。でもここまで来たのだから、
と「私」は思ったが「母」はそうではなかった。母は食べるのをやめもう一枚の
シートを頭にかぶった。しかし一人用なので二人は無理。母がシートに入れとうるさい。
母が近付くたびにシートに溜まった雨が私の右半身に流れてくる。水道のように。
いらないと言っているのに何度もそうするので右半身がずぶ濡れになった。
そして話しかけられるたびに母の挙動を見るので花火が観れない。イライラしてきた。
雨は勢いを増し帰る人も出てきた。母は次に「帰る」と言い始めた。それは困る。
どこか軒下へ行くと言う。どこへ?さっきのビルに行くと言う。ビルのどこへ?
さっさと片付けを始める母。花火が観れない。ずぶ濡れの私は腹を括っている。
次にやはり駅に行くと母。駅のどこへ?小さい駅だけど。駅前に立っているからと。
だんだんやけくそになってきて「わかったから行って」と言うと置いてある荷物が
濡れるからと荷物をがさがさ始める。花火を観たいのに母とか荷物とかばかり観ている。
私は母のシートからの水と大雨で溜まった水とで下着まで全身びしょ濡れになっていた。
「……あと15分我慢できない?」と言うと「あと15分なの!?」とおとなしくなった。
しかし結局最後まで母は動き回り駅に行くビルに行くと騒いだため観た気がしないし、
時間的にも花火より母を観ていた時間の方が長いと思う。何のために来たのか(涙)
花火が終わると同時くらいに雨も上がり、土産物を入れた紙袋が濡れていたので捨て、
別のビニール袋に入れる作業をした。母はあまり濡れていないが私はズボンが足に
まとわりついて歩きにくい。首にかけたタオルが絞れるほど雨水で濡れていた。
前回できなかった「今の綺麗だったね」とか「すごいね」とかの会話もなくて。
独りぼっちで観ていたのと同じで、母はお祭りなのに屋台も花火もしらけていて…。
友達や家族で来ている人達がおしゃべりしている中、二人共黙ったままで。淋しいなと。
つい「こんなことなら来るんじゃなかった」と私。「そうだね」と母。言ってしまった。
帰りにもう一度レモネードを買いキヨスクに寄り臨時便の電車に乗った。下痢した。
胃薬と安定剤をガバガバ飲んでの花火だった。足底腱膜炎が痛くて仕方ないが、
1時間以上立って電車で帰った。車内でも母は無言。話しかけてもあまり反応がない。
電車に揺られながら、ココロが白くなっていた。駅に着くと母が歩いて帰ると言う。
足底腱膜炎が痛いのと荷物が重いので無理。母に持たせないようにしているので
私の持っている荷物の重さは母にはわからないし、私の買い物だから自分で持つ。
近いから乗車拒否されると言う母を押し切ってタクシー乗り場に行き乗った。
「あんたは勇気がある」と母に言われたが私は一度も乗車拒否されたことがない。
母は一度失敗すると二度と挑戦しない人なので。何十年も前に乗車拒否されたのを
ずっと根に持っている。家に帰るとぐったりした。食べずに持ち帰った焼きうどんや
おにぎりを母は食べていた。父は呑んでべろべろになっていた。私は不機嫌。
濡れた服を全部脱ぎ頭を拭いて、今治タオルの箱とビニール袋を開けて固まった。
もふもふじゃない…!全然ふわふわしていなくて普通のタオルだった。高さ的に
丁度と思ったのはタオルが厚紙に巻かれていたからで中は空洞だった。悲劇。
店員さんに確かめてみればよかった。試供品のそれが丁度すっぽり入った大きさの箱。
中が空洞なんて誰が思うだろうか。一気に疲れが出て虚しくなった。
今日はなんて一日だったのだろうか。


8月14日(金)

疲れ果てて寝落ちしていた。銀行の日なので気力でヨーカ堂へ。
昨日23時半頃家に戻りごそごそしていたら夜中の1時半。そこで寝落ち。
4時に起きると身体中が痛い。筋肉痛もすごい。それに一昨日から熱がある。
今日は銀行に用事があるがヨーカ堂のATMの方が近いので悩む。
9時まで起きているか寝て起きてから行くか…。右下奥歯が疼く。
寝てから行くことにした。歯が痛くて眠れなかったが鎮痛剤が効くと寝れた。
15時半頃起きてヨーカ堂へ。途中学校の横のゴミ捨て場の近くに猫がいた。
灰毛で緑の瞳の猫。自転車を停めて近付くが逃げないのでたっぷり撫でた。
撫でている間に汗が背中をだらだら落ちていく。名残惜しいがヨーカ堂へ。
ヨーカ堂ATMでは私が使っている銀行の記帳ができないので不便だ。
用事をすませたので帰路に着くがあの灰色の綺麗な猫はもういなかった。
伸びをしたり擦ってきたりよく懐いていた。うちの猫と同じ大きさの色違い。
家に帰り母に、もし友達が雨が降ったから別の場所に行くと言われたら
困らないか?と尋ねた。昨日の花火だ。友達にもそう言うのか?とも。
母は友達には言わないと答えた。花火が全然観れなかったと言うと、
母はしっかり観たと言う。母なら例え1発でも観れればそう言うだろう。
それ以上の言及は避け昼食を食べて部屋で寝た。起きてみてわかったが
荷物を持っていた腕が筋肉痛。足底腱膜炎も酷くなっていた。歩くと痛い。
2時間ほど寝て起きた。まだ熱があるだろうなという感じでぼんやりする。
トイレに行くとまた下痢をしていた。どうにもお腹がよくならない。
母がお金をくれた。前回の花火も含めてらしいが。私はこの日のためにと
ケチケチお金を貯めていて前回も今回もおごりのつもりだったので断る。
しかしお金に対しては絶対曲げない母なので渋々受け取った。カッコ悪い。
というかお金より「楽しい話題」「共通の話題」「共通の時間」が欲しかった。
だから花火大会に行って一緒に会話したかったのに母はずっと黙っていた。
もうすぐ79歳の母。普通の親子のような会話がしてくて行ったのが本音。
母より少し若く見える母娘が「楽しかった!来年もまた来ようね!」
と言いながらげらげら笑って歩いているのを、私は冷めた目で見ていた。
電車の中でもずっと花火の感想を言い合っている老夫婦もいた。
能面のような顔の母と電車にいて、何してるんだろう、とずっと考えていた。
昔からこうだ。性格が違いすぎる。母は人混みが嫌いでお祭りも興味がない。
その母が我慢して隣県までもついて来たのだ。それも大雨で。母も我慢していた。
夕飯に昨日食べられなかったトウモロコシを食べた。持ち手部分がほとんどなく、
できたてだったので会場では食べられなかっただろうなと思った。
冷蔵庫で冷えたトウモロコシは甘くて美味しかった。りんご飴も食べた。
子供の頃食べさせてくれなかったので最近りんご飴にハマっているかもしれない。
タコスは昨日母と半分こにしたがあれも美味しかった。屋台の人が面白かった。
私の地元は観光客に感じが悪いと評判だが中にいるとわからないが、外に出ると
屋台一つでもなるほどなあ、と思う。隣県は観光県なので尚更かもしれないが。
大仕事が終わってほっとした。母のお金は次回に貯金しておこう……。
本当はお土産の一つも買ってあげようと思っていたのだが、何もいらないと
言い張るので諦めた。屋台もおにぎりがあるからと…。結局お金は少し戻るし。
昨日は疲れもありかなり頭にきていたが、ようやく下がった。
明日のお墓参りはとても無理ないので親と兄だけで行ってもらう。
最近できるだけ毎日生姜(しょうが)を摂るようにしている。生姜入りの紅茶に
生姜を入れて飲む。昨日生姜のスライスに砂糖を着けたお菓子?を買った。
父の好物らしいので父の分も買った。一枚食べたが美味しかった。
ほんと、隣県周辺は名産が多くていい。塩も砂糖もそう。うちは何もない(笑)
昨日の隣県の時間毎の天気が知りたくて検索した。花火の始まる20時が
降水量0.5ミリ(27.4度)。終わる21時が降水量4.0ミリ(26.2度)だった。
風速は3.2から3.9メートル。湿度は90前後。蒸し暑いという感じはなく、
海風が心地よい涼しい花火だった。かなり離れた海上で打ち上げているのに
すぐ近くで見た地元の中州より花火が大きく多彩だったのが驚きだった。
大雨の中防水機能ナシの携帯で何とか撮った中の数枚が綺麗だった。後は手ブレ。
思い返すとまあまあということにしておこう。歯が痛い……。


8月15日(土)

送り火の日。今年は参加しようかと思ったができなかった。
隣りの叔父(母の弟)宅には孫が10名いる。なので毎年お盆は大騒ぎだ。
しかし今年は従兄弟が伴侶の家に行ったりと静かだった。叔父夫婦だけなら
お線香をあげに行きたいと思ったのが間違い。三年前の交番事件までは行ける時は
行っていた。その前に従兄弟の子の子供に「キチガイのおばちゃん!きゃっ(笑)」
と言われてから、従兄弟兄妹3人とその伴侶全員に無視されるようになってから
とても行きづらくなってしまった。本当は迎え火も行っていたのだが従兄弟の
子供達が騒ぐし従兄弟兄妹に話しかけても適当にスルーされるので行かなくなった。
父は嫁(母)の実家が隣りなのに行かない。親戚が集まると大抵家族行動なのに
うちだけ皆バラバラ。兄は人目を避けるようにどこにいるかわからないし、
父は仕切り屋なので集まった時だけ大演説をしている。母はちまちまと動き回り
挨拶に余念がない。結果私だけポツンとしてしまう。従兄弟家族は家族にしか
わからない話をしていて入りづらいし移動の時も皆で集まって行ってしまう。
母は三人姉弟(母・弟・弟)なので法事で三家族揃うとうちだけバラバラなのが
よくわかると思う。叔父二人の家族は家族行動。従兄弟家族も家族行動。
要はうちが家族の体をなしていないということだ。叔父の全家族は16名になる。
そんな中母と私だけで行くと独りになって話し相手もいなくて困ってしまう。
でも今年は静かなので何年かぶりにお仏壇にお線香を上げて精霊流しに
行きたくなった。お供え物を川には流せないので近所の公園に持って行くのだが。
従兄弟に子供ができるまではそれは私の役目だった。おばあちゃんと用意をした。
三年前、交番事件で近所中に私が鬱病で自殺を図ったことがバレてしまった。
とにかく噂好きが多いのでいまだに言われているだろう。それから叔父宅に
行けなくなってしまった…。行けば迷惑だろうと。従兄弟が口を利いてくれなく
なったのは母が私の鬱病をカムしに行き、まだ独身の従姉妹がいたので結婚に
差し支えがあれば絶縁して欲しいと土下座したからだ。その数年後私の脳の病気が
見付かり、現代医学では遺伝性とは判明していないのに遺伝かもしれないと
また謝りに行った。さらにその後皮膚病も遺伝性ではないのに謝りに……。
子供を持つ従兄弟も従兄弟自身も不安になったに違いない。私は「怖い人」
になってしまったのだろう。母のカム以降もう一人の叔父家族からも無視
されている。何と声を掛ければいいのかわからないのだろうと善意にもとれるが。
長々と書いたがあまり意味がないことだった。隣りに行きづらいということだ。
母はちゃっかりしているので送り火も精霊流しも欠かさない。父は一切行かない。
夕方になり子供が騒ぐ声が聞こえたので送り火も精霊流しも諦めた。寝ていると
物凄い悪夢を見てパニック発作で目が覚めた。安定剤を飲んでも効かないほど。
時計を見ると19時。母に精霊流しの場所でお線香だけあげたいと言うと
お線香は持参らしい。あの仔のために買ったのがあるので持って行った。
以前はお金をお供えする場所もあったが今回はなかった。お線香だけいいですか?
と訊いて火を点けるが真ん中に点かない。見かねた男性がほぐして点けてくれた。
そのままだと外側だけしか点かないらしい。お線香は立てずに寝かすよう指示
されたのでそうして祈る。ばあちゃん、今年もお仏壇に行けなくてごめんね。
迷わず帰ってね。いつもありがとう…。お線香の束から少し残していたお線香を
あの仔のために立てる。餌用のお皿は父が片付けてなかったので別の皿に入れた。
10本ほどのお線香に火を点けようとして何が起きたのか左手の人指し指の
爪の横を火傷した。一瞬だったので何をしたらそうなったのかわからない。
お線香が倒れてしまうので小石や土で土台を作り立てた。飼ってあげられなくて
ごめんね…。私が馬鹿だった。ほんと、ごめんなさい。飢えたよね。餌入れたから。
この仔は私が一生背負っていく重荷だ。左手の火傷は小さいのに水膨れになり痛い。
保冷剤で冷やしながら終戦番組を観ていた。緑茶は体を冷やすそうなので毎日
作っていた緑茶をやめた。やめたが茶葉が古くなるので母用に作っている。
うだるような台所で窓も開けずにご飯を作るので冷やした緑茶を提供している。
いつものペットボトルにお茶を淹れ「冷蔵庫の下から2番目にあります」とメモ。
母は上から2段目の私の新品の炭酸水を開けて飲み(こういうところが母の謎)、
緑茶ではないと気付き、買って返さなければと今日の兄同伴のお墓参りの途中
あちこちのドラッグストアに寄ったがないのでスーパーで探して買って来ていた。
ドラッグストアというのはOS-1がもうないのでドラッグストアだと確実に
あるし安いので6本入りを買って来て欲しいとメモに書いておいたのだ。
そこが母のアタマの中で交錯してドラッグストアで炭酸水を買うという意味不明の
状況になったのだと思う。しかもOS-1は1本だけなので明日にはなくなる。
こういったわけがわからない行動を少しでも批判するとブチキレて大事になる。
まず何故「いつものペットボトル」ではない入れ物の炭酸水を開けたのか。
何故ドラッグストアで炭酸水を探したのか。何故OS-1は1本だけなのか。
母といると「何故」と「謎」という単語でいっぱいになる。そもそも冷蔵庫の
下から2段目は定位置で入れ物もいつも同じなのに。今日に限って…である。
炭酸水は初めて飲む熱中対策用だったので味もわからないし不味いかもしれない。
ほんの一口で気付いたらしくほとんど残っているし買って来る必要はなかった。
炭酸水は律儀に2本買って来ていた。いやいやOS-1が必要なんだからね。
待つのが嫌いなのにドラッグストアで炭酸水を探し回ったせいか父は不機嫌。
まだ夕方4時前なのに缶ビール大を飲んでいた。夕飯でも飲む。寝る前も飲む。
そして八つ当たりをされるのは私。精霊流しに行き左指を冷やしながらテレビを
観ていると聞こえるように「うるさい」「イヤホンくらい付けないのか」
「やかましくて寝られない」などと言ってくる。いつも父が観ている音量より
はるかに低く小さいし、一人だけシャワーで済ませ酒を呑んで寝ていたのに。
あと10分ほどで終わるので無視して観ていた。もう少しでこの番組の答えが
出るというところだった。すでに父の手で襖は閉められ私は一人で観ていた。
襖の向こうが両親の寝室兼居間だが絶えずぶつぶつと文句が聞こえてくる。
さあ、答えが出るぞという時に母がイヤホンを持って来てこれを使えと言う。
お陰で1時間かけてどうしてこの人がこういう行動に出たのかという理由が
わからなかった。残り15分ほどだったのに父がうるさいと騒いだからだ。
母が「お墓参りに行くと家中おかしくなる」と言った。知らんわそんなこと。
急に眠くなってきたので少し寝た。私はバスか電車かを待つために学生時代
よく行って猫を触っていた東屋にいた。夢では停留所らしい。何人か人がいた。
小屋になっているので外がよく見えず、バスか電車か何か来たがそれ一杯に
死体が詰まっていた。テレビの影響だろうが夕方に続いての大悪夢だった。
汗びっしょりで飛び起きた。布団を掛けていたので身体中が熱い。指が痛い。
夢の中まで酷い。酷い一日だった。


8月16日(日)

隣りに従兄弟兄妹が集まったようで大変な騒音だった。
3人兄妹の長男は東京にいるが下二人は近所に住んでいて毎週騒音公害。
お盆の帰省をズラしたのだろうおそらく東京の長男が家族を連れて帰省した。
総勢10人の孫が朝から晩まで家の中で運動会。成長するので言葉もはっきり
してきた分、具体的にうるさい。道路を渡ってすぐに公園があるのだが、
公園で遊ぶという選択肢はなく常に家の中を走り回っているので寝ていても響く。
リストラで祖母と同居する前は叔父は他県にいてお盆だけ帰省していた。
その時従兄弟と遊んでいたが気難しい叔父ですぐ怒鳴るので怖かった。
こんな風に部屋の中を走る、ましてや仏間でボール遊びなど考えられなかった。
その叔父が孫ができた途端好々爺(こうこうや)になり孫にハゲ部分をぺしぺし
叩かれてもニコニコ笑っている始末だ。お陰で子供の騒音で寝たり起きたりを
一日中繰り返していた。ほとんど寝た気がしない。というか寝ていないと思う。
私と従兄弟達は1歳違いほどでそれが私を苦しめる。「あったかもしれない」
姿を重ねてしまう。私が高校入試で失敗しなければ人生は大きく変わっただろう。
先天性の病気はおいておいて正社員になり自立し結婚もし子供もいたかもしれない。
少なくとも親と同居はしなかっただろう。病気がなければ仕事はしただろう。
独り暮らしで猫を飼っていた。もし結婚して子供がいればまた人生は変わった。
仕事、結婚、平凡な幸せ。何をしても叱られず自由に大声をあげ走り回る子供達。
ほとんど兄妹のように毎週末じゃれあっているので何かあれば頼ることも
できるだろう。親戚付き合いの大切さを実感する。隣りには幸せが転がっている。
親が死に生保の申請をする時に隣りが叔父宅なので絶対に従兄弟とも関わる。
国は何が何でも生保を出したくないので隣りに親戚がいるとわかれば……。
しかし私と従兄弟とは付き合いがなくなってしまった。無視されている。
叔父が死ねばアパートから次男家族が来るだろう。長男は東京から戻らない。
その時町内付き合いができるか。私は社会的にも町内的にも抹殺されている。
鬱病で自殺未遂をして捜索願を出された、という事実は永遠につきまとう。
子供達のはしゃぎ声は妬みと後悔と将来の不安へと繋がっていく。
もし病気でなければ従兄弟達やその子供とも付き合いがあったろうに…。
何日いるのだろうか…。東京組が帰ってもいつものように週末はお泊まりだが。
このモヤモヤとした不快感を文章で表現できない。つくづく私は運がない。
隣りが本家でなければ。ただの他人の家ならばこんなに苦しくはなかった。
変に関わりがあるからどう関わるかで苦しむのだ。出て行った兄は賢い。
法事、お盆、お正月等、何か行事があっても遠方なら行かなくてもすむ。
隣りなのに行かないというわけにはいかないし、お互い気まずい。
私は何年も年始もお盆も何も参加していないのでますます変に思われる。
今日は体調が悪い。OS-1もなくなってしまった。買って来ると言って
いたがまた忘れたのだろう。一週間前から夜に虫が鳴くようになった。
日暮れと夜明けが遅くなったと実感する。秋は苦手だ。
子供が騒ぐと将来を思って死にたくなる。死にたい…。
私は何のために生まれてきたのだろうか。
 

8月2

 投稿者:ねざくら  投稿日:2015年 8月19日(水)04時29分8秒
  8月10日(月)

父の送迎で整形へ。足の裏は足底腱膜炎らしい。猛暑。
昨日の水便事件から整形に行くのが恐怖だった。何せ自覚症状皆無。でも便は臭う。
病院で水便が出たら水なので足に垂れてくる。中身は大便だ。考えただけでくらくらする。
水なので服にも染み出てくるだろうし臭いが…。汚れるのでタクシーにも乗れない。
今日は自転車で行こう、そう思った。正露丸を飲むために早目に起き水分を摂って様子見。
一度トイレに行けばいろいろわかるはず。だが一向にトイレに行きたい気配がない。
というのも寝る時にあらかじめ掛布団をして寝たのだがそのまま直立不動で寝ていた。
今年に入り「寝返り」をうつことがなくなった(うっているとは思うが起きると
両手をがっちり組んで天井を見ながら寝ている)。今日も寒くて目が覚めた。
うとうとしながら横を向くと途端布団がぽかぽか暖かくなった。これはいい、と
思っているとほどなくして滝汗が出るほど暑くなった。だが布団をずらすと寒い。
どうなっているんだ?と本気で思った。水分は味が苦手なOS-1を今期初めて飲んだ。
何故か美味しいと思ってしまった。去年はしょっぱくて飲めないと思っていたのに…。
トイレに行くがあまり尿は出ない。身体がからからなのだと思う。下痢は大丈夫そう。
そろそろ支度をするかと少し動いただけで滝汗。遠くで雷鳴が聞こえてきた。
本来なら整形の後はアニメイトだが水便の件もあり今日は泣く泣くやめた。
雷のせいか急に父が連れて行ってやると言い始めた。ここで断ると厄介になる。
整形は病院より近くてすぐ行けるので断ろうと見ると父が着替えて待機している。
ここで断ればふてくされて次の機会に行ってくれないかもしれないので頼む。
整形の駐車場は父には入れにくいが隣りのコンビニは広くて入れやすいので、
そこで送迎してもらうことにした。整形は待合に3人くらいしかいなかったが、
私が赤外線を肩に当てている間に満杯になった。結局何時に行っても閉院時間を
過ぎることになる。だから5時前くらいに行く。閉院は6時。待っている間背中を
だらだら汗が流れていく。よくエアコンが効いているので診察する頃には乾いた。
先生に右足裏の痛みを言ってみた。先生が触った部分が痛い。腱(けん)らしい。
あらかじめネットで検索していたが足底腱膜炎というものらしい。腎臓ではないのか。
腎臓の話はしなかったが。先生が「急に太ったらなることがあるけど…」と言う。
太ったのは去年から激太りしたが今は下痢続きで体重が落ちている話をした。
もうしばらく様子を見ようということになり、膝と肩に注射して終了。
隣りのコンビニでカードを作りたかったので明日食べる食材を買いレジへ。
若いお兄さんが「僕でよければお作りしましょうか?」と言ってくれるので任す。
私はコンビニのチケット予約や振込みの機械を使ったことがないので驚いた。
できないことはないがあれを一人でしたら10分は軽くかかってしまう。
私は突っ立っていて自分の名前まで入力してもらった。カードができたので電話。
アイスを買って来てと言われて眺めるが棒アイスばかりでカップがほとんどない。
3個で3種類と言われているので迷う。レジに行く時父の車が到着するのが見えた。
支払いをすませるほんの数分で父は車から降り私の横に立ち「まだか!?」と大声。
レジをしている店員さんが固まる。私も固まった。今お釣りもらうところ……。
家に帰り居間に行くと暑い。3部屋続きを襖で区切っているが全部で16畳くらい。
エアコンは8畳用。猫がどうしても窓のある部屋へ行きたがるので猫が通れるだけ
開けているのだが庭に面したその部屋の窓が全開だった。そして襖も全開。
奥のテレビの部屋の窓も何と全開。その中でエアコンは25度で闘っていた…。
「どうして窓を閉めないの!?意味ないよ」と言うと母が「外が涼しいから」
「ならエアコン切りなよ。つけてる理由がない」「お父さんが(庭側の部屋の)
襖を開けるからいけないのよ」「いやいやこっちの部屋も開けて外の空気が
3部屋を吹き抜けている状況じゃない。せめてどこか閉めようよ」私も必死。
多分こういう老人が屋内熱中症で死ぬのだと思う…。言わなければこういう
ことばかりするが外より室内の方が熱がこもっているので37度とかなのに。
母のユニフォームはエプロンで朝から晩まで買い物まで装備しているが、
一枚脱げば絶対涼しくなる。でも脱がず「暑い暑い…」を繰り返している。
空腹時にアイスを食べて下したり…。父母で一日1リットルしか水分を
摂らなかったり(一人ペットボトル1本分)脱水するのではないかとはらはら。
母は高血圧なので塩分控えめはいいが汗で流れるので補給しなければよくない。
あれやこれや口うるさくなってしまう。それが口論の元となるので悲しい。
自律神経失調症の私は温度感覚が狂っているが。両親はどうなのだろうか?
お茶がなければ飲まないので一日二回お茶を作るがかなり嫌がられる。
しかし外は絶対涼しくない。外36度。そんな外気を入れてどうする?
いつか無自覚熱中症で倒れているのではないかと不安になってしまう。
今日は恒例のいのちの電話をかけた。女性だったが何だろう?同じことばかり。
時間は限られているので最初に必ず訊かれる年齢と家族構成を言ったのに、
何度も同じことを尋ねられて4回は言ったと思う。それだけでタイムオーバー。
脳の病気のことも最初に言ったのに何度も何度も訊いてくる。どうしたのかと。
そしてお決まりの「次の人が待っているので…」で切られた。逐語記録取って
ないのかと思った。突如「あなたは幸せよ~」と言われてムカついた。
これから両親の介護という大仕事があるじゃない、それをがんばりましょう、と。
だから自分の病気で手一杯で両親どころではないとあれほど言ったつもりなのに。
いつも思うがお互い匿名制で次また電話に出る可能性はとても低い。
するとまた一から説明しなければならず前フリだけで時間を取られてしまう。
今日の人は私に「もっとまとめた方がいいと思う」と言ったがそれ以前に
聴いてくれてないと思う。はしょってはしょってこれ以上ないくらい短くして。
なのに同じことばかり「お父さんは何歳?あなたは何歳?同居?別居?」
の繰り返しだった。兄がいると言うと「お兄さんがいるの!?」これ3回目です…。
「お兄さんは何歳?」と続く。いくら無料デーとはいえお粗末だと思う。
まあでも繋がっただけマシと思うことにする。43年の人生相談を1時間弱で
解決しようという、いのちの電話、救われている人はどのくらいいるのだろう。
上手かったと思う人は「これからもツライことが一杯あるだろうから、ツライな、
と思ったらすぐにいつでも、有料の日かもしれないけれどかけてきてください。
何度でもお話を聴きますから」と締めた人だろうか。これ以外ないように思う。
電話でいいと思った人を毎回指名できるのなら一番いいのだが匿名では無理だ。
ちょっと悶々とする。


8月11日(火)

いのちの電話に2回。4時間、よく喋った。
どうも悶々とするので深夜1時過ぎもう一度いのちの電話にかけた。女性。
話は聴いてくれるたし感じもよかったが私の言葉の反芻ばかりで微妙な気分だった。
相手の言葉を返すのは基本だがそれだけだった。2時間も聴いてくれたのにもやもや。
そして4時頃電話すると男性が出た。思うが男性の方が傾聴は上手い気がする。
前回の宇宙の真理の人は別として。女同士だとやはりどこか厳しくなるのだろうか。
お互いに…。昨日書いた人と同じように締めてきた。「いのちの電話が必ずあなたを
護りますから、淋しい時は淋しい!とそれだけの理由でかまわないから掛けてきて?
色んな人が電話に出るから合わないと思ったら切ってもいいから。合う人とだけ
お話をして。遠慮せずにどんどん使って。一人じゃないから」と。ちょっと泣けた。
そしていつものように方言を教えてもらった。無料日は何県に繋がるかわからないので
県名を訊いて驚いた。日本の端っこ。いつも同じ人を指名できればいいのにと思う。
朝6時になっていた。そろそろ寝なければと眠剤を入れるが他人と話して緊張した
せいか滝汗だらだらで身体中が熱い。それに気分が昂ぶっている。眠れない……。
暑いので初めてエアコンを26度に設定し冷えたら温度を上げて寝ようと思った。
そして寝落ちした。昼過ぎ起きると超寒い。布団はかけていたがそれでも寒い。
昼飯よりも眠気が勝り凍えながらリモコンをいじって寝る。夕方寒くて起きる。
リモコン設定何故か25度!このエアコンを買ってから一度もここまで下げた
ことはない。すっかり凍えてしまった。最近戦争特番が多いので起きて観る。
夢に出ることがありかなり怖いが今日も観た。やはり戦争とテロが一番嫌いだ。
昨日コンビニで買っておいた弁当を食べる。水分をあんなに摂っているのに
トイレに行っても出ない。長時間一滴も水分補給せず滝汗をかきながら寝ていた
からだろう…と思う。明後日に迫った隣県の花火大会だが一番怖いのは水便。
万が一服が汚れたら満員電車の中でどうしよう?と不安で一杯になる。
着替えを持って行くか?臭いは隠せない。自律神経がもってくれるだろうか?
天気予報は雨なのだがパソコンで観ると一時的なものらしいが。どっちだ?
母は行く気になっている。母は姫なので全部私にお任せなので気は楽だろう。
私は切符を買い時刻表を見て交通機関を使い母を案内しなければならない。
あとは……徹夜になるのでキツイ。帰りの時刻表を印刷しておくか…。
今日コンビニ弁当を加熱していると父が来た。冷蔵庫で何か漁っている。
またビールかと思っていると「カルピスがない」と言う。どこかで見たな、
と思うが「父、と書いてあるはずなんだ」と。関係ないペットボトルを
手にしている。母が来るのを見るや「いらない!」と激怒して出て行った。
母は「話の途中でいなくなるから来てみたら…」とこちらもご立腹。
父は手がつけられないほど怒っていて怒りを全身で現してくる。怖い。
加熱時間4分の間の2分ほどの出来事。カルピスの原液は新品なので
棚にあり、割るために冷やした水だけがペットボトルに入っていたらしい。
蓋に「父」とあった。棚に置いてあることを知らずにやって来たらしい。
そもそも父はカルピスの作り方を知っているのか?そこが問題なくらい父は
坊ちゃんである。おそらく出来上がったカルピスが入っていると思ったのだろう。
母も怒って凄い形相になっている。父は赤鬼、母は能面の何か怖い顔に似ている。
こんなことが毎日毎日繰り返されて家はギスギス。母の愚痴も増えた。
母は本当は花火大会には行きたくないと思っている。去年そうだった。
去年と違うのは私が自律神経と胃腸炎だと言うこと。去年は屋台で買い物をし、
ジュースを飲んでとお腹は全く心配なかった。せめて腹痛でもあればいいが
水便は無自覚に出てしまう。だからそれが怖い。暑いのは我慢できるが、
そっちは困る。対策は、ない…。


8月12日(水)

明日の花火大会の不安からあまり寝られなかった…。風邪かな。久々の雨。
子供の頃から行事の前には体調を崩し、幼稚園時代は遠足にほとんど行けなかった。
小学校もそうで学習発表会の前には熱を出して。さすがに参加したけれど。
今はストレスでそうなっているが当時は嬉しくて嬉しくてはしゃいでいたのに。
明日の不安は自律神経と水便。水便が一番不安だ。後は帰りの電車が不安。
去年普段は6両編成なのに花火大会で何万人も来ているのに3両編成で
うち自由席は2両で物理的に乗れなくてそれはもうお客さんが怒った。
電車も遅れるし1時間に1本なので2時間近くホームで身動き取れずに、
ようやく乗れても終電なので乗れない人のために詰めろと無理を言われ…。
結局全員は乗れずに電車は出発した。帰れないかと本気で思った。
今年は1本増やしているようだがやはり自由席は2両でホームも違う。
同じホームなら乗れなければそのまま次を待てばいいのだがかなり離れている。
通常は9番ホームが専用なので9番だけを使えばいいのに1本だけ5番がある。
私は9番で勝負と思っているが母は5番が先なので5番に行こうと言う。
いつも姫(母)は私に「丸投げ」なのでかなりイラっとくる。
明日は週間天気予報がずっと雨マークだったので正直無理だろうと思っていた。
が、今日かなりの雨が降り明日は曇りのち雨のち曇りという状態。
隣県は雨なのでどうかと思う。考えても仕方ないがストレスが溜まる。
鬱病なのでなおさら。カラっとした性格になりたい。じめじめしてしまう。
今もどのバッグで行くかで悩んでいる。重くなるので地面に置くと底が汚れる。
エコバッグによく似たトートバッグを普段使っていてトートしか持っていない。
母はショルダーバッグを持っているので貸して欲しいのだがダメのようだ。
水分補給やクスリやタオルなどで結構荷物になる。トートとショルダーの
2個使いをしたいのだが。どう言っても伝わらないので諦めた。
私が普段使っているトートは空でも生地が重いので持って行きたくない。
汚れてもいいエコバッグにしたがポケットがないので中身はカオスだ…。
大丈夫なのかと不安だらけだが何とか無事に終わるよう祈る。


8月13日(木)

花火大会に行ったが花火の最初から大雨が降り花火終了と同時に上がった。
少しは寝ようと眠剤を入れ3時間くらい寝た。天気はパソコンでは怪しい感じだ。
時間毎予報の丁度夜18時以降に雨マーク…。それまでは曇り。局地的に激しい雨。
こちらも雨が降ったりやんだり…。大会のHPは現段階では開催となっていた。
時間が来たので父の車で駅まで行くが何故かいつもと違う場所で降りることになる。
ここからだと遠いし車の間を歩くことになるが仕方ないので降りて駅まで歩く。
駅は大混雑だったが往復切符を買い母に渡してすぐにホームへ向かった。
足底腱膜炎のせいか足が痛いので絶対座りたくて1本後の電車と思っていたが、
母が乗ろうとせかすのとそこそこ空いていたので始発の電車に乗った。
そこそこ空いていても2人が一緒に座れる空き方ではないので自由席の先端迄行った。
ここは窓が小さいので景色を楽しむつもりがイマイチだった。懐かしい風景を観る。
母は横でうとうと寝ている。ボックス席なので向かいに座った高校生が大学のことを
いろいろ話していて、自分はもう未来などないのにな…と独りで凹んでしまった。
予定より30分早く着いた駅はかなりの人だった。すぐにキヨスクへ行って土産漁り。
「黒子のバスケ」のご当地ストラップを見つけて感動した。県ごとにキャラが県の
物産を扱っているストラップがあり、中古屋で見つけた。大阪はお好み焼きだった。
中古屋より断然安いのと面白いので買った。私は去年から期間限定やご当地モノの
飲み物に凝っていて、去年もお茶を買って重かった。キヨスクは23時までなので
花火が終わってからでもいいと思ったが母がせかすので買った。かなり重くなった。
そしてもう一つの大きなビルへ。これも産直でキヨスクとは違う物を売っている。
ここにあるポケットソルトが欲しかった。直径4ミリほどの丸い塩の玉なのだが
毎日塩を舐めている私には携帯用でありがたい。口臭予防のような小さいケースに
入っている。去年何気なく買ったら重宝した。あと去年買い損ねた今治バスタオル。
21時閉店とは知らずかさばるので後でと買えなかった悲願のタオル。試供品を
もふもふして「この極上のもふもふに抱かれたい←馬鹿」と思った。私の県でも
今治タオル専門店が何軒かあるのだが柔らかさが段違いでずっと探していた。
今治タオルは商標登録なのでタオル屋さんによって違う。ただ引っかかったのが、
もふもふタオルは去年はプラスチックのパッケージに入っていたこと。
今年は蓋は開くがビニールで覆われていて紙箱に入っている。どちらも白地。
でもここに置いてあるのだから同じだろうと普通思うと思う…。それを買った。
22時50分まで花火で会場からここまで来るのは不可能なのでジュースを買う。
相当な重量だが母には持たせずがんばる。タオルは軽いので持ってもらった。
母は「食べ損ねたら困るから」とキヨスクでおにぎりを2個買っていた…。
地元にはない珍しい屋台を見て盛り上げるが母は先日の花火大会同様能面のようだ。
「何か食べたいものない?珍しいもの食べてみない?」「いい。おにぎりがあるし」
という具合だ。母が選んだのはタコスと焼きうどん。私ははしまきと鳥皮とりんご飴と
とうもろこしとレモネード。レモネードは前々回にこぼして前回リベンジした。
安定の悪いジッパーの付いたビニール袋に入っているのですぐに倒れてこぼれる。
「早く席に座ろう」とせかす母。ビルに入った頃からぽつぽつと雨が降っていた。
傘はないし傘が必要なほど降っていないが大丈夫かなと思った。地元と違い席取り
していないのだろう打ち上げる海の側の観客席にいつも空間があるのでそこにシートを
置いて座る。いい席がもう少し海側にあったのだが母がうるさいので狭い場所にした。
一人用のシートを1枚しか置かない母。シートを持つ母に置いて座ってよと言うが
むすりとしていて座らない。母が座ってくれないと荷物の配置もジュースの置き場も
決められないのに母はしゃがんだままだ。母の座れる場所はかろうじてある。
「座ってくれないと物が置けないのよ」と言うと「どうして?」と怒ってくる。
こうなると聞かないので諦めて荷物を並べジュースを置いた。下が芝生なので不安定。
心なしか雨足が強まったように思うがもう始まる。母が急にシートを敷いて座った。
あ、と思った時には右足が倒れたジュースでびしょびしょだった。だから言ったのに!
靴からズボンから濡れ、座っている場所にもジュースが溜まりとんでもないことに。
母がタオルを出して拭いたが荷物も濡れてしまった。安定の悪い芝生の上だから
力がかかると斜めになって倒れるの…。だから言ったじゃないか!(心の叫び)
ジュースの始末をしている中花火は始まった。何とか母も座ったので食べ物を勧める。
また雨足が強まったように感じた。花火は20時から50分。12000発上がる。
やっと母がおとなしくなったので花火を観ていると、ざあっと雨が降ってきた。
あちこちで傘をさす人が出てきた。かなりの大雨。でもここまで来たのだから、
と「私」は思ったが「母」はそうではなかった。母は食べるのをやめもう一枚の
シートを頭にかぶった。しかし一人用なので二人は無理。母がシートに入れとうるさい。
母が近付くたびにシートに溜まった雨が私の右半身に流れてくる。水道のように。
いらないと言っているのに何度もそうするので右半身がずぶ濡れになった。
そして話しかけられるたびに母の挙動を見るので花火が観れない。イライラしてきた。
雨は勢いを増し帰る人も出てきた。母は次に「帰る」と言い始めた。それは困る。
どこか軒下へ行くと言う。どこへ?さっきのビルに行くと言う。ビルのどこへ?
さっさと片付けを始める母。花火が観れない。ずぶ濡れの私は腹を括っている。
次にやはり駅に行くと母。駅のどこへ?小さい駅だけど。駅前に立っているからと。
だんだんやけくそになってきて「わかったから行って」と言うと置いてある荷物が
濡れるからと荷物をがさがさ始める。花火を観たいのに母とか荷物とかばかり観ている。
私は母のシートからの水と大雨で溜まった水とで下着まで全身びしょ濡れになっていた。
「……あと15分我慢できない?」と言うと「あと15分なの!?」とおとなしくなった。
しかし結局最後まで母は動き回り駅に行くビルに行くと騒いだため観た気がしないし、
時間的にも花火より母を観ていた時間の方が長いと思う。何のために来たのか(涙)
花火が終わると同時くらいに雨も上がり、土産物を入れた紙袋が濡れていたので捨て、
別のビニール袋に入れる作業をした。母はあまり濡れていないが私はズボンが足に
まとわりついて歩きにくい。首にかけたタオルが絞れるほど雨水で濡れていた。
前回できなかった「今の綺麗だったね」とか「すごいね」とかの会話もなくて。
独りぼっちで観ていたのと同じで、母はお祭りなのに屋台も花火もしらけていて…。
友達や家族で来ている人達がおしゃべりしている中、二人共黙ったままで。淋しいなと。
つい「こんなことなら来るんじゃなかった」と私。「そうだね」と母。言ってしまった。
帰りにもう一度レモネードを買いキヨスクに寄り臨時便の電車に乗った。下痢した。
胃薬と安定剤をガバガバ飲んでの花火だった。足底腱膜炎が痛くて仕方ないが、
1時間以上立って電車で帰った。車内でも母は無言。話しかけてもあまり反応がない。
電車に揺られながら、ココロが白くなっていた。駅に着くと母が歩いて帰ると言う。
足底腱膜炎が痛いのと荷物が重いので無理。母に持たせないようにしているので
私の持っている荷物の重さは母にはわからないし、私の買い物だから自分で持つ。
近いから乗車拒否されると言う母を押し切ってタクシー乗り場に行き乗った。
「あんたは勇気がある」と母に言われたが私は一度も乗車拒否されたことがない。
母は一度失敗すると二度と挑戦しない人なので。何十年も前に乗車拒否されたのを
ずっと根に持っている。家に帰るとぐったりした。食べずに持ち帰った焼きうどんや
おにぎりを母は食べていた。父は呑んでべろべろになっていた。私は不機嫌。
濡れた服を全部脱ぎ頭を拭いて、今治タオルの箱とビニール袋を開けて固まった。
もふもふじゃない…!全然ふわふわしていなくて普通のタオルだった。高さ的に
丁度と思ったのはタオルが厚紙に巻かれていたからで中は空洞だった。悲劇。
店員さんに確かめてみればよかった。試供品のそれが丁度すっぽり入った大きさの箱。
中が空洞なんて誰が思うだろうか。一気に疲れが出て虚しくなった。
今日はなんて一日だったのだろうか。


8月14日(金)

疲れ果てて寝落ちしていた。銀行の日なので気力でヨーカ堂へ。
昨日23時半頃家に戻りごそごそしていたら夜中の1時半。そこで寝落ち。
4時に起きると身体中が痛い。筋肉痛もすごい。それに一昨日から熱がある。
今日は銀行に用事があるがヨーカ堂のATMの方が近いので悩む。
9時まで起きているか寝て起きてから行くか…。右下奥歯が疼く。
寝てから行くことにした。歯が痛くて眠れなかったが鎮痛剤が効くと寝れた。
15時半頃起きてヨーカ堂へ。途中学校の横のゴミ捨て場の近くに猫がいた。
灰毛で緑の瞳の猫。自転車を停めて近付くが逃げないのでたっぷり撫でた。
撫でている間に汗が背中をだらだら落ちていく。名残惜しいがヨーカ堂へ。
ヨーカ堂ATMでは私が使っている銀行の記帳ができないので不便だ。
用事をすませたので帰路に着くがあの灰色の綺麗な猫はもういなかった。
伸びをしたり擦ってきたりよく懐いていた。うちの猫と同じ大きさの色違い。
家に帰り母に、もし友達が雨が降ったから別の場所に行くと言われたら
困らないか?と尋ねた。昨日の花火だ。友達にもそう言うのか?とも。
母は友達には言わないと答えた。花火が全然観れなかったと言うと、
母はしっかり観たと言う。母なら例え1発でも観れればそう言うだろう。
それ以上の言及は避け昼食を食べて部屋で寝た。起きてみてわかったが
荷物を持っていた腕が筋肉痛。足底腱膜炎も酷くなっていた。歩くと痛い。
2時間ほど寝て起きた。まだ熱があるだろうなという感じでぼんやりする。
トイレに行くとまた下痢をしていた。どうにもお腹がよくならない。
母がお金をくれた。前回の花火も含めてらしいが。私はこの日のためにと
ケチケチお金を貯めていて前回も今回もおごりのつもりだったので断る。
しかしお金に対しては絶対曲げない母なので渋々受け取った。カッコ悪い。
というかお金より「楽しい話題」「共通の話題」「共通の時間」が欲しかった。
だから花火大会に行って一緒に会話したかったのに母はずっと黙っていた。
もうすぐ79歳の母。普通の親子のような会話がしてくて行ったのが本音。
母より少し若く見える母娘が「楽しかった!来年もまた来ようね!」
と言いながらげらげら笑って歩いているのを、私は冷めた目で見ていた。
電車の中でもずっと花火の感想を言い合っている老夫婦もいた。
能面のような顔の母と電車にいて、何してるんだろう、とずっと考えていた。
昔からこうだ。性格が違いすぎる。母は人混みが嫌いでお祭りも興味がない。
その母が我慢して隣県までもついて来たのだ。それも大雨で。母も我慢していた。
夕飯に昨日食べられなかったトウモロコシを食べた。持ち手部分がほとんどなく、
できたてだったので会場では食べられなかっただろうなと思った。
冷蔵庫で冷えたトウモロコシは甘くて美味しかった。りんご飴も食べた。
子供の頃食べさせてくれなかったので最近りんご飴にハマっているかもしれない。
タコスは昨日母と半分こにしたがあれも美味しかった。屋台の人が面白かった。
私の地元は観光客に感じが悪いと評判だが中にいるとわからないが、外に出ると
屋台一つでもなるほどなあ、と思う。隣県は観光県なので尚更かもしれないが。
大仕事が終わってほっとした。母のお金は次回に貯金しておこう……。
本当はお土産の一つも買ってあげようと思っていたのだが、何もいらないと
言い張るので諦めた。屋台もおにぎりがあるからと…。結局お金は少し戻るし。
昨日は疲れもありかなり頭にきていたが、ようやく下がった。
明日のお墓参りはとても無理ないので親と兄だけで行ってもらう。
最近できるだけ毎日生姜(しょうが)を摂るようにしている。生姜入りの紅茶に
生姜を入れて飲む。昨日生姜のスライスに砂糖を着けたお菓子?を買った。
父の好物らしいので父の分も買った。一枚食べたが美味しかった。
ほんと、隣県周辺は名産が多くていい。塩も砂糖もそう。うちは何もない(笑)
昨日の隣県の時間毎の天気が知りたくて検索した。花火の始まる20時が
降水量0.5ミリ(27.4度)。終わる21時が降水量4.0ミリ(26.2度)だった。
風速は3.2から3.9メートル。湿度は90前後。蒸し暑いという感じはなく、
海風が心地よい涼しい花火だった。かなり離れた海上で打ち上げているのに
すぐ近くで見た地元の中州より花火が大きく多彩だったのが驚きだった。
大雨の中防水機能ナシの携帯で何とか撮った中の数枚が綺麗だった。後は手ブレ。
思い返すとまあまあということにしておこう。歯が痛い……。


8月15日(土)

送り火の日。今年は参加しようかと思ったができなかった。
隣りの叔父(母の弟)宅には孫が10名いる。なので毎年お盆は大騒ぎだ。
しかし今年は従兄弟が伴侶の家に行ったりと静かだった。叔父夫婦だけなら
お線香をあげに行きたいと思ったのが間違い。三年前の交番事件までは行ける時は
行っていた。その前に従兄弟の子の子供に「キチガイのおばちゃん!きゃっ(笑)」
と言われてから、従兄弟兄妹3人とその伴侶全員に無視されるようになってから
とても行きづらくなってしまった。本当は迎え火も行っていたのだが従兄弟の
子供達が騒ぐし従兄弟兄妹に話しかけても適当にスルーされるので行かなくなった。
父は嫁(母)の実家が隣りなのに行かない。親戚が集まると大抵家族行動なのに
うちだけ皆バラバラ。兄は人目を避けるようにどこにいるかわからないし、
父は仕切り屋なので集まった時だけ大演説をしている。母はちまちまと動き回り
挨拶に余念がない。結果私だけポツンとしてしまう。従兄弟家族は家族にしか
わからない話をしていて入りづらいし移動の時も皆で集まって行ってしまう。
母は三人姉弟(母・弟・弟)なので法事で三家族揃うとうちだけバラバラなのが
よくわかると思う。叔父二人の家族は家族行動。従兄弟家族も家族行動。
要はうちが家族の体をなしていないということだ。叔父の全家族は16名になる。
そんな中母と私だけで行くと独りになって話し相手もいなくて困ってしまう。
でも今年は静かなので何年かぶりにお仏壇にお線香を上げて精霊流しに
行きたくなった。お供え物を川には流せないので近所の公園に持って行くのだが。
従兄弟に子供ができるまではそれは私の役目だった。おばあちゃんと用意をした。
三年前、交番事件で近所中に私が鬱病で自殺を図ったことがバレてしまった。
とにかく噂好きが多いのでいまだに言われているだろう。それから叔父宅に
行けなくなってしまった…。行けば迷惑だろうと。従兄弟が口を利いてくれなく
なったのは母が私の鬱病をカムしに行き、まだ独身の従姉妹がいたので結婚に
差し支えがあれば絶縁して欲しいと土下座したからだ。その数年後私の脳の病気が
見付かり、現代医学では遺伝性とは判明していないのに遺伝かもしれないと
また謝りに行った。さらにその後皮膚病も遺伝性ではないのに謝りに……。
子供を持つ従兄弟も従兄弟自身も不安になったに違いない。私は「怖い人」
になってしまったのだろう。母のカム以降もう一人の叔父家族からも無視
されている。何と声を掛ければいいのかわからないのだろうと善意にもとれるが。
長々と書いたがあまり意味がないことだった。隣りに行きづらいということだ。
母はちゃっかりしているので送り火も精霊流しも欠かさない。父は一切行かない。
夕方になり子供が騒ぐ声が聞こえたので送り火も精霊流しも諦めた。寝ていると
物凄い悪夢を見てパニック発作で目が覚めた。安定剤を飲んでも効かないほど。
時計を見ると19時。母に精霊流しの場所でお線香だけあげたいと言うと
お線香は持参らしい。あの仔のために買ったのがあるので持って行った。
以前はお金をお供えする場所もあったが今回はなかった。お線香だけいいですか?
と訊いて火を点けるが真ん中に点かない。見かねた男性がほぐして点けてくれた。
そのままだと外側だけしか点かないらしい。お線香は立てずに寝かすよう指示
されたのでそうして祈る。ばあちゃん、今年もお仏壇に行けなくてごめんね。
迷わず帰ってね。いつもありがとう…。お線香の束から少し残していたお線香を
あの仔のために立てる。餌用のお皿は父が片付けてなかったので別の皿に入れた。
10本ほどのお線香に火を点けようとして何が起きたのか左手の人指し指の
爪の横を火傷した。一瞬だったので何をしたらそうなったのかわからない。
お線香が倒れてしまうので小石や土で土台を作り立てた。飼ってあげられなくて
ごめんね…。私が馬鹿だった。ほんと、ごめんなさい。飢えたよね。餌入れたから。
この仔は私が一生背負っていく重荷だ。左手の火傷は小さいのに水膨れになり痛い。
保冷剤で冷やしながら終戦番組を観ていた。緑茶は体を冷やすそうなので毎日
作っていた緑茶をやめた。やめたが茶葉が古くなるので母用に作っている。
うだるような台所で窓も開けずにご飯を作るので冷やした緑茶を提供している。
いつものペットボトルにお茶を淹れ「冷蔵庫の下から2番目にあります」とメモ。
母は上から2段目の私の新品の炭酸水を開けて飲み(こういうところが母の謎)、
緑茶ではないと気付き、買って返さなければと今日の兄同伴のお墓参りの途中
あちこちのドラッグストアに寄ったがないのでスーパーで探して買って来ていた。
ドラッグストアというのはOS-1がもうないのでドラッグストアだと確実に
あるし安いので6本入りを買って来て欲しいとメモに書いておいたのだ。
そこが母のアタマの中で交錯してドラッグストアで炭酸水を買うという意味不明の
状況になったのだと思う。しかもOS-1は1本だけなので明日にはなくなる。
こういったわけがわからない行動を少しでも批判するとブチキレて大事になる。
まず何故「いつものペットボトル」ではない入れ物の炭酸水を開けたのか。
何故ドラッグストアで炭酸水を探したのか。何故OS-1は1本だけなのか。
母といると「何故」と「謎」という単語でいっぱいになる。そもそも冷蔵庫の
下から2段目は定位置で入れ物もいつも同じなのに。今日に限って…である。
炭酸水は初めて飲む熱中対策用だったので味もわからないし不味いかもしれない。
ほんの一口で気付いたらしくほとんど残っているし買って来る必要はなかった。
炭酸水は律儀に2本買って来ていた。いやいやOS-1が必要なんだからね。
待つのが嫌いなのにドラッグストアで炭酸水を探し回ったせいか父は不機嫌。
まだ夕方4時前なのに缶ビール大を飲んでいた。夕飯でも飲む。寝る前も飲む。
そして八つ当たりをされるのは私。精霊流しに行き左指を冷やしながらテレビを
観ていると聞こえるように「うるさい」「イヤホンくらい付けないのか」
「やかましくて寝られない」などと言ってくる。いつも父が観ている音量より
はるかに低く小さいし、一人だけシャワーで済ませ酒を呑んで寝ていたのに。
あと10分ほどで終わるので無視して観ていた。もう少しでこの番組の答えが
出るというところだった。すでに父の手で襖は閉められ私は一人で観ていた。
襖の向こうが両親の寝室兼居間だが絶えずぶつぶつと文句が聞こえてくる。
さあ、答えが出るぞという時に母がイヤホンを持って来てこれを使えと言う。
お陰で1時間かけてどうしてこの人がこういう行動に出たのかという理由が
わからなかった。残り15分ほどだったのに父がうるさいと騒いだからだ。
母が「お墓参りに行くと家中おかしくなる」と言った。知らんわそんなこと。
急に眠くなってきたので少し寝た。私はバスか電車かを待つために学生時代
よく行って猫を触っていた東屋にいた。夢では停留所らしい。何人か人がいた。
小屋になっているので外がよく見えず、バスか電車か何か来たがそれ一杯に
死体が詰まっていた。テレビの影響だろうが夕方に続いての大悪夢だった。
汗びっしょりで飛び起きた。布団を掛けていたので身体中が熱い。指が痛い。
夢の中まで酷い。酷い一日だった。


8月16日(日)

隣りに従兄弟兄妹が集まったようで大変な騒音だった。
3人兄妹の長男は東京にいるが下二人は近所に住んでいて毎週騒音公害。
お盆の帰省をズラしたのだろうおそらく東京の長男が家族を連れて帰省した。
総勢10人の孫が朝から晩まで家の中で運動会。成長するので言葉もはっきり
してきた分、具体的にうるさい。道路を渡ってすぐに公園があるのだが、
公園で遊ぶという選択肢はなく常に家の中を走り回っているので寝ていても響く。
リストラで祖母と同居する前は叔父は他県にいてお盆だけ帰省していた。
その時従兄弟と遊んでいたが気難しい叔父ですぐ怒鳴るので怖かった。
こんな風に部屋の中を走る、ましてや仏間でボール遊びなど考えられなかった。
その叔父が孫ができた途端好々爺(こうこうや)になり孫にハゲ部分をぺしぺし
叩かれてもニコニコ笑っている始末だ。お陰で子供の騒音で寝たり起きたりを
一日中繰り返していた。ほとんど寝た気がしない。というか寝ていないと思う。
私と従兄弟達は1歳違いほどでそれが私を苦しめる。「あったかもしれない」
姿を重ねてしまう。私が高校入試で失敗しなければ人生は大きく変わっただろう。
先天性の病気はおいておいて正社員になり自立し結婚もし子供もいたかもしれない。
少なくとも親と同居はしなかっただろう。病気がなければ仕事はしただろう。
独り暮らしで猫を飼っていた。もし結婚して子供がいればまた人生は変わった。
仕事、結婚、平凡な幸せ。何をしても叱られず自由に大声をあげ走り回る子供達。
ほとんど兄妹のように毎週末じゃれあっているので何かあれば頼ることも
できるだろう。親戚付き合いの大切さを実感する。隣りには幸せが転がっている。
親が死に生保の申請をする時に隣りが叔父宅なので絶対に従兄弟とも関わる。
国は何が何でも生保を出したくないので隣りに親戚がいるとわかれば……。
しかし私と従兄弟とは付き合いがなくなってしまった。無視されている。
叔父が死ねばアパートから次男家族が来るだろう。長男は東京から戻らない。
その時町内付き合いができるか。私は社会的にも町内的にも抹殺されている。
鬱病で自殺未遂をして捜索願を出された、という事実は永遠につきまとう。
子供達のはしゃぎ声は妬みと後悔と将来の不安へと繋がっていく。
もし病気でなければ従兄弟達やその子供とも付き合いがあったろうに…。
何日いるのだろうか…。東京組が帰ってもいつものように週末はお泊まりだが。
このモヤモヤとした不快感を文章で表現できない。つくづく私は運がない。
隣りが本家でなければ。ただの他人の家ならばこんなに苦しくはなかった。
変に関わりがあるからどう関わるかで苦しむのだ。出て行った兄は賢い。
法事、お盆、お正月等、何か行事があっても遠方なら行かなくてもすむ。
隣りなのに行かないというわけにはいかないし、お互い気まずい。
私は何年も年始もお盆も何も参加していないのでますます変に思われる。
今日は体調が悪い。OS-1もなくなってしまった。買って来ると言って
いたがまた忘れたのだろう。一週間前から夜に虫が鳴くようになった。
日暮れと夜明けが遅くなったと実感する。秋は苦手だ。
子供が騒ぐと将来を思って死にたくなる。死にたい…。
私は何のために生まれてきたのだろうか。
 

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